彼の甘い包囲網
「楓以上に大事なものはないから」


違うことを考えていた私の耳に奏多の声が突如響いた。

振り返ると、紗也と話す奏多がいた。

紗也は安堵した笑顔を浮かべて私を見た。


「楓、聞いてた?
よかったね。
……私達は先に帰るから」

「バイバイ、楓ちゃん」


ヒラヒラと可愛らしく手を振りながら紗也と鈴ちゃんは駅に向かって歩き出した。


「え、あっ……ちょっと待って……私も……!」


途端に指を絡めた手を、グッと引っ張られる。

「お前はコッチ」

校門前に停めてあるピカピカの紺色の車の助手席に強引に乗せられた。

車に疎い私でも一目で高級車だとわかる。

力ではかなわないし、抵抗しても無駄だと思い、溜め息を吐いて素直に従った。

食い入るように見ている周囲の女子の視線が痛かった。

チラホラと聞こえる声。


「え?
何、あの子、まさか彼女?」

「倉木さんじゃなくて?」

「……うちの学生だよね?」


私の正体を暴こうとする悪意なのか興味なのかわからない声。

それらが突き刺さって痛い。

奏多はそんな視線を全く気にせず、周囲の女子に面倒臭そうな視線を向けて。


「……見んな」


聞いたことがない、低い声で一言呟いた。

その言葉と視線が絶対零度さながらに冷たくて。

周囲の人の動きが完全に固まっていた。
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