彼の甘い包囲網
「……高校、大学って俺は独特だと思うんだよな。
大人の自分に近い考え方ができるようになるっていうか。
友達もこれから一生付き合っていく奴に出会えたりするし」

兄は独り言のように話す。

「楽しくお前が毎日過ごせているなら引越しする必要はないんじゃないかって俺は思う。
就職のこともあるし。
人間関係で神経使うようなことになったらしんどいだろ」

「お兄ちゃんがそんなマトモに私のこと考えてくれているなんて……」

「相変わらず失礼な奴だな……」

兄は胡乱な目をしている。

「……本当はね、すごく迷ってる」

ポソリ、と呟いた。

新しい環境が楽しみな気持ちもある。

違う世界を見ることができそうだと期待する気持ちもある。

だけど。

紗也や鈴ちゃん、拓くん。

高校、大学で出会った大切な友達。

楽しい日常。

大好きなお店。

慣れた環境。


それよりも。

何よりも。


奏多。



奏多のことを考えてしまう私がいた。
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