彼の甘い包囲網
「……お前が引っ越すって言ったら必死になって阻止するか、自分も一緒に引っ越すって言いかねないけどな、アイツ」

私の思惑を知ってか知らずか兄が話す。

バッと顔を上げた私に。

ニヤリと兄は意地の悪い微笑みを浮かべた。


「だろ?」

「……お兄ちゃん!」

「奏多のことで悩んでるんじゃないのか?」


兄を一睨みして。

私は小さく項垂れた。

図星過ぎて返す言葉がない。

奏多が私の引っ越しを気にしてくれるか自信はないし、自惚れることはできない。


だけど。


離れることに躊躇いを感じる自分がいる。

こんな曖昧な関係のまま、逢わなくなったら。



私達はどうなるのだろう。

絶縁するのか。

寂しくなるだろうか。

恋しくなるだろうか。

私は何を感じ、思うのだろう。




離れたくない気持ちは確かにあって。

躊躇う気持ちも確かにある。


それはどうして?

踏み込めない、踏み込むことへの恐れ。

奏多と離れたくないから残りたい、と奏多に、両親に、泣きわめいたら何か変わるのだろうか。


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