彼の甘い包囲網
「……蜂谷さんと楓は何でそんなにすれ違うの?」

呆れたように紗也が言った。

同い年とは思えない落ち着いた声音が、反論しそうになる私の意地を押し留まらせる。

「まあ、でも婚姻届を引っ張り出してくる辺りは蜂谷さんの方が素直、かな?」

ニッコリと無邪気な笑顔でとんでもない嫌味を放つ鈴ちゃん。

本当に二人ともいい性格をしている。

……最強に頼りになる相談相手だ。


「……そうなんだけど。
奏多に会うとドキドキして自分が自分じゃなくなっちゃいそうになるし、素直に言いたいことは言えなくなるし、でも会えないと苦しくて……でも……恐い」

「恐い?」

鈴ちゃんに問われる。

「……うん。
自分でも……わかってるの。
これが『好き』って気持ちなのかなって。
奏多に恋をしているって。
でも自信がもてないの。
奏多が私に執着するから、構うから好きなのか。
押しきられてるから好き、なのか。
例えば、もし……私が接点もなくて、ただすれ違うだけの存在とかそんな状態で出会っても私は奏多を好きになったのかなあって……」


そう。

私は自分の『好き』に自信がもてない。



私の『好き』は思い込み、嫌な言い方をすれば、刷り込み現象のようなものではないのかと。

奏多があまりにも私を宝物のように大切に大事にしてくれるから。

甘やかして泣きたくなるくらいに優しい瞳で見つめてくれるから。

私は特別なんだ、好かれているんだって勘違いをして。

思い込んで流されて、の『好き』じゃないのか、と。

一目惚れのような、電光石火のような『好き』とは違うのではないかと。



どうしても邪推してしまう。

私がとんでもない思い違いをしてしまっているのではないだろうかと。

だけど。

奏多以外にそんな気持ちを抱く人に会ったことがない私には比較する対象がいない。

自分の『好き』にさえ自信のもてない、中途半端な私が。

婚姻届なんて、一生に一度とも言えるような届を簡単に出すことは出来ない。
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