彼の甘い包囲網
……無茶苦茶な理論。

トン、と玄関の壁に凭れながら奏多は私を見つめる。

すぐ傍にある備え付けられた等身大の姿見に奏多の秀麗な横顔が映る。

憂いを含んだかのような表情に思わず見惚れる。

本当にどんな恰好をしていても漂う色気をどうにかしてほしい。


「……なあ、楓?
俺の気持ちはこれから先、絶対に揺るがない。
……俺はお前を手離すつもりもない、でも俺だって人間だから不安にはなる。
お前を誰にもとられたくないんだ……。
その為に、書いてくれないか?」

「……私、何処にも行かないよ……?」

「それでも」



弱気で真摯な言葉と。

ひた向きな姿に。


トクン、と。

私の心臓がひとつ大きく跳ねて。

胸を締め付けられるような切なさが後を追ってきた。



ああ、そうか。

奏多は。

恐いんだ。

私と……一緒なんだ。

何もかも完璧な奏多の完璧じゃない面。

それを見た気がした。



逃げ回る私に、奏多は逃げ道を用意してくれた。

そのゴールはもしかしたら逃げ道にはならないものかもしれないけれど。

今はただ、飛び込んでみよう。

私に足りないのはきっと潔さと思い切り。

私は奏多から婚姻届を受け取った。

< 89 / 197 >

この作品をシェア

pagetop