放課後○○倶楽部
「ふごっ……あ、ああっ」

 綺麗に延髄に入った廻し蹴りを振りぬき、身体を反転させて着地したコハルは乱れた息を整えるべく、大きく吸い込んでゆっくりと吐いていた。


 ……手加減なしだ。


 白目を向いて倒れていく中川先輩の身体がスローモーションのように床を一度跳ね、埃を舞い上げてぐったりと横たわった。

「うーっ、気持ち悪い」
「やり過ぎだ、馬鹿」
「だって、目の前に鼻息荒く気色悪い事言われたら誰だってするでしょ!」

 いや、さすがに廻し蹴りはしないと思うぞ?

 やるならビンタか、少しグレードを上げて往復ビンタだろう。それを飛んで廻し蹴りっていうのは驚いた。それ以上に驚いたのはコハルの運動神経が予想外に良くなっていた事だった。

 昔は五〇メートル走をしても完走出来ないほどだったのに、今は廻し蹴りが出来るまでに成長しているとは……ちょっと感動した。

「しかし、どこで覚えたんだ?」
「書店で見つけた護身術入門書が面白かったから読んで覚えたの。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけど」

 見ただけで覚えるとはさすがは天才だな。まあ、頭で理解する事は出来ても身体は動かないと思うのだが、この窮地で運動神経が覚醒でもしたのだろうか?

「それよりも早く行こうよ。この人気持ち悪い」
「一応は風紀委員長だからこのままにしておくのはさすがに……な」
「いいよ。変な事言ったら『痴漢されそうになりました』って大声で叫ぶから」

 恐い事を本気で言っているコハルは汚らわしいものを見るように中川先輩を一瞥して食堂を出て行った。

 俺は中川先輩の脈を確認して問題ないと判断したが――
「ス……スィートエンジェルちゃん、ラブ……ユー」
 気持ち悪い事を口走ったので思わず足蹴にしてしまった。

「それでは行くかな。律子ちゃん……どこまで行ったのかね」

 今はいない愛しの彼女――ではなく、天然娘を求めて俺は食堂をあとにした。
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