俺様外科医に求婚されました



ねぇ、諒太。



あの夜、私がエレベーターから飛び出した時、もしもあそこにあなたがいなかったら。

もしもあの時、あなたを待たずに無理矢理にでも先に帰ってしまっていたなら。


もっと違う今が、あったのかもしれない。


あなたを好きになることも。
あなたの匂いを知ることも。

急いで洗い流してしまった残り香が、本当は恋しくてたまらない今も…なかったのかもしれない。



「明日の日中は青空が広がり、最高気温は今日より四度高い予想です。暖かい一日になりそうです」


テレビの中のニュース番組は、いつのまにかもう、事故の様子ではなく天気予報を伝えていた。


ソファにゴロンと体を沈めた私は、過去の記憶に思いを馳せながら…そっと目を閉じた。



あの夜、私は諒太を初めて名前で呼んだんだっけ。

一回でいいから呼べと言われ、仕方なく呼んだんだ。


諒太はいつも強引で。
勝手で。職権乱用の、常習犯で。


でも。


「もう一回呼んで」

「えっ、一回でいいって言ったじゃないですか…」

「あと一回だけ、一生のお願い」


子供みたいに手を合わせてお願いする、そんな無邪気な姿や。


「本当にこれで最後ですよ?……諒太」

「あーっ。無理、あと一回だけ」

「さっき一生のお願いって言いましたよね」

「じゃあ、来世の分の一生のお願い」


来世まで引き出して、必死で頼みこむ姿。


「はぁっ…本当に最後ですからね。諒太」


私が渋々呼んだ名前に、バカみたいに喜んで。


「あーっ、今日の疲れ、今の諒太三連発で全部吹っ飛んだわ」


そう言って笑った、無邪気な笑顔に。


気が付けば、おちていた。


きっとあの日から。

私は諒太に、おちていったんだーーー。



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