俺様外科医に求婚されました



「お母さん、私だよ?理香子だよ?」


再び暴れ始めた母に向かって、必死で呼びかけた。


「やめて!」

「お母さん!」

「触らないで!」

「どうしてわからないの…私だって、理香子だって言ってるじゃん…」


気がつくと、涙が溢れていた。


「理香子……理香…。理香子!」


すると母は、ハッとしたように私に目を向けて。


「どこに行ってたの!心配するでしょう!」


まるで子供を叱るように、私にそう言った。


その直後、騒ぎを聞いて駆けつけた先生によって、母は鎮静剤を投与された。

落ち着きを取り戻した母は、静かになってベッドで眠っている。

穏やかな寝顔をしていた。
それを見てホッとした。


だけど、さっきみたいなことは初めてだ。

私の手を振り払い、私のことが一瞬でも分からなかったなんて…初めてのことで。

思い出すと、胸の奥がぎゅうっと強く締め付けられる。


この先、どうなっていくんだろう。母は、どうなってしまうんだろう。
もっとわからないことが増えていくのかな。

私を忘れるのが、一瞬ではなくなる時が…いつかは来るのかな。


「もう…嫌だよ」


時間を巻き戻してほしいなんて言わない。
今のままでもいい。何も望まない。

だから…


「これ以上、忘れたりしないで…」


このままでいいから。
昔に戻りたいなんて願ったりしないから。


私のことを、ちゃんとわかってくれている今で。

今のままで…神様、どうか時を止めてください。


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