たとえ嫌だと言われても、俺はお前を離さない。
「おい、着いたぞ」
部長の声に反応して、ぱちっと目を覚ます。しまった、どのくらい寝てた?
先にタクシーを降りた部長が、「足元気を付けろ」と言って右手を差し出してくれる。
私が酔っ払いだから気を遣ってくれているだけ。それは分かっているのに、そのあまりにスマートな紳士な行動に、少しだけときめいてしまった気がする。
ばたん、とドアが閉まり、タクシーが去っていく。
あれ?
「部長。タクシー行っちゃいましたよ」
「また後で呼んでやる」
「え? ここ私のアパートじゃないんですか?」
「住所を伝える前に寝こけたのは誰だ。まあ、寝ていいと言ったのは俺だが」
え……。そう言えば、確かにここは私の住んでるアパートじゃない。うちとは比べ物にならないくらいの高級マンションの前だった。
街並みも知らない。一体、ここはどこで誰の家の前?
私の疑問が顔に出ていたのか、「俺の家だ」と部長に言われる。
俺の、家?
「だっ、駄目です!」
私は声を張り上げた。
「わ、私そんなつもりじゃ! 部長もさっき、セクハラは駄目って言ってたじゃ……!」
「誰がセクハラだ」
部長は呆れた顔で私の言葉をあっさりと否定する。
「まだ具合悪いんだろ。ふらふらしてる」
「それは、まあ」
「横になって休んでいけ。勿論、終電までには帰れ。それまでソファを貸してやる」
あ……そういうことか。部長の優しさだったんだ。それなのに私は不埒な想像をしてしまって、部長に本当に申し訳ない。
上司の家に転がり込むなんて戸惑いはあったけれど、彼の言う通り足元はふらついていて、しゃがみ込むほどではなくなったもののまだ気分は優れない。出来れば少し休んでいきたい。
私は彼のご厚意に甘えることにした。