【番外編追加中】紳士な副社長は意地悪でキス魔
橘さんに連れてこられたのは近くのバー。ビルの地下にある隠れ家的なお店のようだ。観葉植物や木製のパーティションで仕切られ、半個室の作りになっている。よく言えば落ち着いた雰囲気だけど、どことなく暗く閉鎖的。仕切りから見える客層も年の差カップルや電卓を叩いてコソコソと商談している営業マン。密会をしている気持ちになるのは地下だから?

入口近くの席に通され、橘さんは私にドリンクメニューを差し出した。書類って?、と尋ねると、軽く頭を下げた。


「ごめん、嘘。紬と話をしたかったから。一杯だけつきあって」


少し困ったように笑顔を向ける橘さんに、私は断ることができなかった。


「この前の男、何なの? 婚約者って」
「ちょっといろいろあって」
「あのひとと本当に寝たの? その……ほくろのこと、知ってたし」
「うん……」
「責めてるんじゃないんだ。ただ……本当なら、僕が婚約者で、紬を独り占めしてたのにって思うと」


そういって橘さんは甘い表情をした。この顔で、“紬、好きだよ”とキスしてくれた。

注文した生ビールとモスコミュールで乾杯する。グラスを合わせるとカチンと小気味よい音が耳に響いた。ふたりで会って飲むことにどこか心地よい懐かしさを感じた。

嫌いで別れたわけではないから、なおのこと、思うのかもしれない。雅さんの胸で泣かせてもらって、浮気をされたという辛い事実も少しは軽くなっていたし。


「紬がほかの男に抱かれたのを知って、どうにも落ち着かなくて。そんなこと言えない立場なのはわかってはいるんだ。でも本能的なものはどうにもならないから。必死に抑えるしかないんだけど……。婚約したのは本当なの?」
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