嘘つきな君
何も言わずに固まる私を、何の表情も灯らない顔で見つめる常務。

そして、再びふっと視線を地面に向けて、長い睫毛を伏せた。


長い長い沈黙が再び世界を覆う。

そのまま暗闇に溶けてなくなってしまうんじゃないかと錯覚するほどに。

そんな時。


「――…兄は幼い頃から、帝王学を始めとして、経営の事や語学の事など、休む事なく勉強に明け暮れていた。この会社を継ぐ為に」


ゆっくりと、口を開いた常務。

その声を聞いて、伏せていた瞳を持ち上げる。


「周りからも期待され、秀才と呼ばれて、次期社長に相応しい人物だと取引先からも言われていた。神谷グループの将来は安泰だと」

「――」

「だから俺はやりたい事ができたし、その事を周りからも何も言われなかった。きっと立派な兄がいるから、俺は用無しだったんだろ」

「そんな……」

「でも、俺は別にそれでも良かった。経営なんかより、映画の仕事がしたかったから。だから、努力して英語もマスターして、映画の勉強する為に渡米した」

「――」

「自分なりに必死に勉強して、やっと夢が叶った。大きな映画の仕事も出来るようになって、これからって時に――…突然兄貴が死んだと聞かされた」


両膝に腕をついて、口元に祈る様に絡めた両手を添えて、ただ真っ直ぐ前を見つめる彼。

その眼差しが、どこか辛そうに細められる。
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