嘘つきな君
「兄貴がこの会社を継ぐはずだった。だけど、あっけなくこの世を去って――空いた席に俺は有無を言わさず落とされた」

「――」

「今まで築きあげたもの、有無を言わさず全て奪われて」


微かに空いていた窓から風が吹き込む。

パラパラと本のページを捲って、静かだった部屋に音を生みだす。

そして、その言葉を聞いて以前聞いた言葉を思い出す。


彼は、突然流星の如く現れた人だって。

何の前触れもなく、ある日突然常務という重役のポストに就いた人だって。

でも、これで分かった。

彼は元々そのポストに入るはずだった彼のお兄さんの『変わり』だったんだ。


「――だから……急に常務の就任が決まったんですか」

「社長もいい年だ。トロトロと経営の事を学ばせて一人前になるのを待つより、手っ取り早く現場にぶち込んで、一刻も早く跡取を成熟させたかったんだろ」

「――」

「今まで神谷とは無縁の場所で生きてきた使えない俺を、一刻も早くそれらしくする為に」


自嘲気に笑った声が、寂しく床に落ちる。

その言葉で全てを知る。

その表情で全てを知る。


彼は、望んでこの世界に入ったんじゃない事を。

そして、この本の向こうの世界に今も帰りたいと思っているという事を――…。


「園部会長の話は、的を得ている」

「――」

「図星だった。全部見透かされてた。俺は、心のどこかで兄を恨んでいたのかもしれない」


自嘲気に笑って、目元に手を添えた常務。

その姿はまるで泣いている様に見えて、胸が締め付けられる。
< 117 / 379 >

この作品をシェア

pagetop