嘘つきな君

手を伸ばしたら届きそうな場所にいるのに。

本当は届かない所にいる。

ずっとずっと、遠い所にいる。

そして、その距離は決して埋まらない。


そんな当たり前の事、すっかり忘れていた。

都合の良い様に、見えない様にしていた。

その代償が、この胸の痛み。


「バカだなぁ……私」


溢れる気持ちが、涙になって落ちそうになる。

好きって気持ちが、溢れてしまう。

それでも、ぐっと唇を噛みしめてその気持ちも涙も押し込む。

そして、自分の心を欺く魔法をかける。


大丈夫。

好きなんかじゃない

好きなんかじゃ……ない。


何度も何度も自分に魔法をかけて。

目の前にフィルターを張る。


私の心に誰も入ってこれない様に。

彼が入ってこれない様に。


「芹沢さん。ちょっといいですかー」


呼ばれた声に、一度大きく息を吐いてから足を前に出す。

隠れて涙を拭いて、口角を上げる。


しっかりしなきゃ。

ここは仕事場なんだ。

しっかりしなきゃ。



< 134 / 379 >

この作品をシェア

pagetop