嘘つきな君

不思議に思いながらも、口を出さずに黙る。

すると、表情1つ変えずに常務が再び口を開いた。


「伝言は誰から?」

「申し訳ございません。お名前は伏せてほしいとの事でしたので。外でお待ちしております、とだけ……」


高揚のない声で問うた常務に、少しだけ困った様子で眉を下げた女性。

そんな彼女を見て、尚も表情を変えない常務は、どこか納得したように視線を下げた。


「分かりました。ありがとうございます」

「失礼いたします」


丁寧にお辞儀をしていったCAさんの後ろ姿を見つめる。

それと同時に、アナウンスが鳴って飛行機が着陸態勢に入った。

シートベルトを締めつつ、誰からなのか聞こうと常務に視線を向ける。

それでも、どこか深く考え込んでいる姿を見て口を噤んだ。


なんだろう、胸がザワザワする。

一気に不安が押し寄せてくる。


結局、彼に話しかける事も出来ずに飛行機は着陸した。

そして、シートベルトのサインが消えた瞬間。


「芹沢、行くぞ」

「は、はいっ」


伝言の意味を理解できずにモヤモヤする私に、彼のどこか業務的な声が落ちる。

その声で、微かに残っていた甘い旅行気分が一気に払拭された。


一体誰からの伝言なんだろう?

聞きたいけど、何故か聞く事ができない。

聞いてしまうのが、何故か怖い。


「――常務」


不安が大きくなりすぎて破裂しそうになった時、入国ゲートを通過した所で耐えきれずに彼の名前を呼ぶ。

そんな私の声に気づいて、彼がこちらに視線を向けた。

その時。


「お待ち致しておりました」


世界の端で聞こえたのは。

1人の男性の声。
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