嘘つきな君

「お忘れなきよう」


音を無くした世界の中で、柳瀬さんの声だけが耳に響く。

そして、指先一つ動かす事のできない私を、その瞳で見つめた後。

彼は何事も無かったかのように、再び優雅な手つきで紅茶に口をつけた。

すると。


「お疲れの所、失礼いたしました」


常務室の扉が開くと同時に聞こえた、まるで鈴を転がしたような可愛らし声。

その声でハッと我に返って、急いでソファーから腰を上げた。


そんな私に気づいて、可愛らしく微笑んだ彼女。

まるで天使のように可愛らしいその笑顔に、胸が押し潰れそうだった。


――園部 桃香さん。


非の打ちどころがない程、整った顔。

どこか日本人離れした、高い鼻と、大きな瞳。

そして良家の令嬢らしい、品のある佇まい。

本当に目も眩む様な美女。


「会長に、よろしくお伝えください」


茫然と彼女を見つめていると、突然独特のハスキーボイスが耳に届く。

ゆっくりと視線をずらすと、彼女の隣に彼がいた。


その姿を見て、何故か泣きそうになった。

苦しくて苦しくて、泣きそうになった。


< 279 / 379 >

この作品をシェア

pagetop