嘘つきな君
「お忘れなきよう」
音を無くした世界の中で、柳瀬さんの声だけが耳に響く。
そして、指先一つ動かす事のできない私を、その瞳で見つめた後。
彼は何事も無かったかのように、再び優雅な手つきで紅茶に口をつけた。
すると。
「お疲れの所、失礼いたしました」
常務室の扉が開くと同時に聞こえた、まるで鈴を転がしたような可愛らし声。
その声でハッと我に返って、急いでソファーから腰を上げた。
そんな私に気づいて、可愛らしく微笑んだ彼女。
まるで天使のように可愛らしいその笑顔に、胸が押し潰れそうだった。
――園部 桃香さん。
非の打ちどころがない程、整った顔。
どこか日本人離れした、高い鼻と、大きな瞳。
そして良家の令嬢らしい、品のある佇まい。
本当に目も眩む様な美女。
「会長に、よろしくお伝えください」
茫然と彼女を見つめていると、突然独特のハスキーボイスが耳に届く。
ゆっくりと視線をずらすと、彼女の隣に彼がいた。
その姿を見て、何故か泣きそうになった。
苦しくて苦しくて、泣きそうになった。