嘘つきな君
それでも、そこで、ふと思い出す。

以前見た、柳瀬さんの一度だけ取り乱した姿を。

感情を表に出した姿を。


その瞬間、すべてが一致して悲しくなる。

辛くなる。


「柳瀬さん」

「なんでしょう」

「――あなたの言う『彼女』は、園部桃香さんの事ですか?」


唐突に言った私の言葉に、彼の瞳が微かに揺れる。

ポーカーフェイスが少しだけ崩れる。

その姿を見て、そうだと確信する。


「叶わない恋をしているなら、分かるでしょう? 恋焦がれているなら分かるでしょう? 大好きな人が、政略結婚だなんて。愛する人と結ばれないだなんて悲しすぎるって。辛すぎるって」

「あなたは、何を仰っているのですか」

「そんなの幸せなはずない。心がない結婚だなんて、そんなの――」

「黙りなさい!」


思わず前のめりになった私に、柳瀬さんの厳しい声が飛ぶ。

そのどこか冷たい声に、言葉が制される。


「憶測でモノを言うのは止めなさい」

「嘘。あなたも、何でも一人で抱え込んでしまうのね」

「――」

「好きな人には誰よりも幸せになってほしい。違いますか?」

「――」

「あなたは間違っている。本当に好きなら――」

「もう止めましょう」


音をなくした世界に、柳瀬さんの声が落ちる。

もう私と目も合わせてくれない。


「あなたは、チェスの盤から落ちた。これ以上、あなたに言う事はありません」

「――」

「こうやって、会う事もないでしょう」


光を無くした柳瀬さんの瞳が私を射る。

そのあまりの冷たさに、ゾクリと背筋が凍った。
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