嘘つきな君

「やってみないかね?」


興奮する私を見て、微かに口元に笑みを浮べた社長。

その姿に大きく頷く。

そんなの、答えなんて決まってるじゃない。


「ぜひっ、ぜひ、やらせてください!」


こんなチャンス二度とない。

断るなんて、勿体ない。


それに、秘書という仕事を少し離れた方がいいのかもしれない。

この仕事は彼との距離が近すぎるから。

そう思えば、これはチャンスだと思う。

過去を捨てて、未来へ進むチャンスなのかも――。


「契約成立だ」


興奮して思わず立ち上がった私を見て、満足気に笑った社長。

そして、同じように腰を上げてテーブル越しに私の手をグッと握った。


その力強い握手が嬉しくて、頬が緩む。

なんだか自分が認められた様で嬉しかった。


嬉しさと興奮で頬を紅潮させる私を満足そうに見つめる社長。

そして、握っていた私の手を離して口を開いた。


「では、さっそく用意に取り掛かってくれ」

「――用意、ですか?」


それでも、落ちたその言葉に首を傾げる。

用意って、何の用意だろう?

あ、仕事の引継ぎとか?

それとも、プロジェクトに関する事で、何か用意する物が?


笑顔を張り付けたまま首を傾げる私を、じっと見つめる社長。

その黒目がちな瞳が、困惑する私を真っ直ぐに見つめる。


「君には早々に新しいプロジェクトに異動してもらう」

「しかし……今の秘書の仕事の引き継ぎは」

「後任はいる。君が心配する事ではない」

「――…分かりました」

「出発は10日後だ」

「え、ちょっと、待ってください……あの、出発とは?」


突然の言葉に、笑顔が引きつる。

『出発』という言葉に、ドクンと小さく心臓が鳴った。


え、待って待って、出発って何?

どこか別の場所でするの?


立ち尽くす私を見て、社長がゆっくりと瞳を細めた。

そして、真っ直ぐに私を見つめて、口元に笑みを作った。

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