朝、目が覚めたらそばにいて
話せば話すほど正太郎さんに惹かれていく。
会ったばかりなのに、ずっと昔から知っているような会話が心地良い。

彼が何をしている人で、今までどんな暮らしをしてきたのか、気になっていることはたくさんある。仕事のことを聞いたらなかなか答えないので「佐々木さんと一緒の会社ですか?」と聞くと「まぁ、そんなもの」としか教えてくれなかった。


正太郎さんは「塔子さん」とファーストネームで呼ぶ。
そんな呼び方をされる佐々木さんに対して羨ましさと小さなやきもちで拗ねたくなる。
けれど、そんな立場ではない自分に呆れてその気持ちは胸の奥に押し込んだ。



結局、彼の素性を知らないままだったが、それでも良いと思った。
その場の雰囲気が楽しくて私がずっと話をしていた気がする。
すごく気持ちよく話を聞いてくれる正太郎さんが目の前にいたからだ。

それは私たちが知り合うきっかけになった「如月千秋」の「小説」の話をし始めた頃から正太郎さんはほとんど聞き役になっていた。

私の舌は滑らかに動き、なぜ彼女の作品が好きか、登場人物の説明からそのキャラの好きなところ、物語の中の好きなシーン、なぜそれが好きなのか…
登坂くんや沙也加にはマニアック過ぎて話を途中で変えられることが日常だ。
でも正太郎さんは興味深げに私の話をずっと聞いてくれていた。

時には目を細めて話に夢中な私をじっと見ていたり、時には登場人物の何がそんなに心打つのかや物語の深い部分まで質問してきた。

彼もきっと千秋先生のファンなのだ。
あの時、書店で譲ってくれた本は本当は欲しかったんじゃないかと申し訳なくなる。

それと同時に彼となら千秋先生や先生の作品について共通の話題で盛り上がれるんじゃないかと嬉しい気分になってしまう。

舌が滑らかになった分、喉も乾き、目の前にある日本酒をどんどん飲んでしまったのが間違いだった。


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