いちばん、すきなひと。
「ホントだーみやのっちだー」
優子も、来ていた。
ニコニコと可愛い顔で手を振っている。
と、いう事は。

「ゲ、なんでオマエ来てんの」
宮迫、だ。

「なんでアンタに嫌がられなきゃなんないのよ。何?私が来たらダメな理由でもあんのかコラ」
「……最近オマエ口悪いな」
「すいませんねぇ、前からですっ」

チラリと野々村の隣を見ると、
直子が、いた。
彼女は、少し引きつった笑顔で手を振った。

私も、軽く手を上げて挨拶を返す。
目は見れないけど。
少し距離があって助かった。


優子達はともかく。
今、ここで
この二人を見るとは。


胸にドス黒いものが広がるのを感じたけど
私は、あくまで知り合い。
と言い聞かせて。

「桂子、あっちでしよ。」
と、彼らと離れた席に着いた。

ここなら、あの二人を見なくて済む。
集中できる。

桂子は彼らと顔見知り程度なので
特に何も気にしない。

「とりあえず桂子の勉強から始めようか。どれからする?」
自習室には他の学生もたくさん居るので、もちろん小声で話す。
「じゃ……数学から。この問題。」
桂子は問題集を開いて、私に解き方を聞いた。

こうして。
私は桂子に勉強を教えているうちに
胸の黒い部分も消えていった。

あの二人があの後どうなったのか
どうしてここに居るのか
私は知らない。

どうでもいい事だ。


そう、割り切れた。


やっぱり冬休みはいい。
知り合いとも距離を取ってしまえば
簡単に『他人』になれる。


2時間ほど教えただろうか。
桂子は目標のページまで、問題を解き進める事ができた。
「よかったー、分かったよ!ありがとう、みやちゃん」
「これで桂子も大丈夫、かな?」
「だといいなーでもこれからだよねー」

桂子は、私とは違う学校に進む。
家庭の事情で、隣町に引っ越す事が決まったのだ。
その町の学校へ行く。
そこは、以前住んでいた事もあって、友達も多い。
彼女は、久しぶりに帰れると喜んでいた。

私は、親友がいなくなる事がとても残念だったけど
二度と会えない距離じゃないし
ずっと、繋がれると思っていた。
だから、それはそれでいいと
応援する気持ちにもなれた。

彼女の希望校は、私たちの学校と
さほどレベルは変わらない。
だから。勉強の手伝いが出来ることが
私には有り難い限りだった。
進む所は違うけど
今、こうして一緒に勉強できる事が、何より嬉しい。

「そだね、これからだよね。」
ここからが、頑張りどころ。
ミスのないように、隅々まで確認して学ぶ。

「じゃあさ、またここで勉強会しようよ。」
「いいよ。いつでも誘って」
桂子の誘いに頷いて。
まだ桂子は頑張るというので
私は休憩がてら、何か読める本はないかと自習室を出た。


最近、漫画ばかり読んでたし
年末年始の退屈凌ぎに
何か、長編の小説でも読もうかと
書棚とにらめっこしていると。

「なぁ」
と、隣から声をかけられた。

野々村だ。
「なに?」
コイツはこんな所で何をしているのか。

「なんであっちでやってんの。一緒にやったらいいじゃんオレらと。」
「は?何を」
「勉強」
「何で。」

意味が分からん、コイツ。

「別に一緒にやる意味ないでしょ。アンタらはアンタらで仲良くやればいいじゃない」
「何その言い方」
「はぁ?何が」
「何でそんなにつっかかるワケ。」
「そんなつもりじゃないけど最近ちょっとイライラしてるだけ。関係ないでしょ」

誰のせいだよ、とは言わない。

「何だよ……みんなでやったほうがはかどるじゃん」
「嘘。絶対、くだらない話になって脱線するに決まってる」
「それ、オレらだけだろ」
野々村が笑う。
その通り、と私も笑ってしまった。
「よく分かってるじゃんよ。そゆこと。私は桂子の邪魔したくないからね。」
「ふーん」

「そんな事よりさ、直子ちゃんとはヨリ戻ったの」

よせばいいのに
ちょっと笑って和んだ空気を
わざわざ私は何してるんだろうか。

思わず聞いてしまった。

「は?何それ」
野々村がキョトンとしている。

は?こっちの台詞だよそれ。

「こないだ玄関口で揉めてたじゃん。皆の前で。」
野々村はようやく理解したようで
「あー」
と、頭をガシガシとかきながら
「それか、それの事か。何かみんなやたら聞いてくるなとは思ったんだけど。」

そりゃ皆聞きたいだろうよ。
あれだけ目立ってりゃね。

「別に、どーでもいいじゃんそんな話。何もないしオレら。」
「はぁ?何それ。今も隣で仲良く勉強してたじゃん」

聞きながら、思わず周りを見てしまう。
直子が聞いてやしないかと焦ったからだ。

「え、一緒にいたらおかしいか?
宮迫と優子が一緒に勉強しようって言うからつき合ってやっただけだぜ。」
いや、それは分かりますけど……
「ふーん」

まぁ、どうでもいいか。
ふいに、そう思って。

適当に返事してしまった。
「何だよその適当な興味無し返事。」
「あ、ごめんつい本音が」
「な、どーでもいい話だったろ」
「うん。確かに」
どうでもよかった。

野々村が誰と仲良くしようが、勝手だ。

「だから、一緒にやったらいいじゃん。」
「全然、話が続いてないんですけど」
「本題に戻っただけ。」
「別にさ、私は桂子に頼まれて勉強教えに来ただけだから。私は自分の分だけサクッと済ませて終了」
今から本探したいのに邪魔しないでくれ、と手を振って。
野々村から離れようと思った。

これ以上、一緒にいるとマズい。

誰かに見られるのも困るし
何より私が、ダメだ。

楽しくなってしまう。
野々村といるのが。

せっかくの冬休みなのに。

「オマエほんと頭いいんだな。」
「へ?」
「だってさ、全然焦ってねーじゃん。」
「アンタこそ。私より余裕のクセに。」
「バレたか、俺は余裕。だから今日は付き合いで来ただけだって」
「だから何?」
「ヒマ人同士、喋ろうぜ」
「ここ図書館ですけど」
「ケチくさい事言うなよー自習室じゃないし大丈夫だろ」
「いやいやダメだってば」

コイツ本当に……
段々イライラしてきた。

「ところでみやのっち、オマエ学校さ……南高?」
「そうだよ。何で?」
「オレも南高。」
「ふうん」
「何だよ、喜ばないのかよ。また一緒だな、とか」
「まだ行けるかどうかも決まってないのに何言ってんの」
「行けるだろ、オレとオマエなら」
「どうだか。」
「俺をバカにしてんの?」
「めっそうもない。私がコケたらシャレならん」
「オマエは絶対大丈夫だって」
野々村が背中をバンと叩く。

こういうのが、心地いい。
だから、ダメだって思ってるのに。

「てか、優子も宮迫も南高でしょ。」
呆れて私が問いかける。
「だな。アイツらは怪しいからオレが教えてやってんだ。そういや桂子は?」
「桂子は隣町。引っ越すんだって」
「えーマジで!?アイツ面白いのになぁ。」
「でしょ。残念だけど、自分の生まれ育った町に帰れるみたいだし……いいんじゃないかな」
「ふーん」

ふいに、携帯のバイブの振動音が聞こえる。
「あ、オレんだ。」
そういってポケットから携帯を取り出して画面を見る。
「宮迫が探してるわ。戻るべ」
「勝手にどうぞ」
「んだよソレ。一緒に戻ろうぜ」
「何でそこに私が入る。私は桂子と楽しんでるの。」
「皆とやったほうが面白いって。」
「私は嫌なの。頑固ですみませんねー」
「ちぇ。じゃまた来いよ、図書館。俺も来るから。」
「なんでアンタに合わせて行かなきゃならんのだ」
「楽しいじゃん。」

意味が分かりません。この人。

野々村は諦めて、一人で自習室へ戻った。

やれやれ。
ホッとする。

心臓がドキドキした。
何でこうアイツは言葉のひとつひとつが
紛らわしいんだ。

変に勘違いしてしまう。
期待は、しない。

こんなのは、慣れっこだ。


実は今までも。こんな経験がある。
散々仲良くなって
私ばかりが好きになって。
勝手に盛り上がって。

結局、告白したけど
意外だったとか言われて。
断られて。

一度じゃない。
何度も、だ。


私はこういう容姿だしこんなキャラだし。
結局いつも同じ結末。

もう同じ事は繰り返さない。
繰り返したく、ない。

せっかくこの楽しい時間を
壊したくない。

だから、絶対
私は何も思わない。
勘違い、しない。
期待しない。


何か夢中になれる小説を探さないと。


年末年始を悩んで過ごすハメになる。
それだけは避けたい。


数冊、気になった本を借りて。
自習室へ戻った。

「みやのっち、遅かったなー」
野々村が手を振る。
なんでオマエがそこで手を振る。

気まずいのは私だけか。
そうか。
私が気にし過ぎなのか。

開き直れってことか。

「うるさいっ、アンタが邪魔したから選ぶのに時間かかっただけだよ」
サラリと流して。
桂子の所に戻る。

「野々村と会ってたの?」
桂子がニヤニヤと聞いてくる。
変に勘ぐってる顔だ。

「本選んでたら寄ってきた。もうメンドクサイったら」
「実は野々村、みやちゃんに気があったりして。」

はぁ?
何言っちゃってんのこの子。

「何で。そんなの無いない。私も願い下げ」
手を左右に大げさに振って。肩をすくめる。
本当に、願い下げだ。
あんなヤツ。

好きだけど。


「だって、やたら絡むじゃん。」
「私だけじゃないでしょ。」
「いいや、私から見たら、みやちゃんだけだよ。」
「じゃ、私が絡みやすいだけでしょ。いちいち相手するから」
桂子が笑う。
「そっかー野々村はかまってちゃんかー」
「そうじゃない?多分」
「かもね」
二人で顔を見合わせて、笑った。


「オイ、一体何の話してんだよ」
野々村がこっちにやってきた。

桂子と二人、顔をまた見合わせる。
(かまってちゃんのアンテナってすげー)
二人で笑う。

「別に、アンタの話じゃないからおかまいなく。」
私が手を振ってお断りすると、桂子も
「さー勉強しよっと」
と、ワザとらしく参考書のページをめくる。

「じゃ俺も混ぜて」
と、野々村は私たちの前に椅子を動かして座った。

「みやのっちー、何の本借りたの?見せて」
これに反応するから、誤解されるんだ。
素直に従えば、済むのかもしれない。
面倒に巻き込まれずに。

黙って数冊、差し出す。
「読むならそっち持っていきなよ。後で返してくれたらいいから」

ほら、直子がこっち見てるよ。
私が気まずいから早く戻れよ。

内心そう思うけど
コイツに伝わるはずもなく。

野々村は私の借りた本を一冊抜いて。
「あとの三冊、俺持ってるからコレだけ読ませて」
と、その場で読み出した。

持ってるんだ。
趣味、合うかもね。


じゃなくて。
「直子が待ってるみたいだよ。早く戻りなよ」
小声で促すが
「いいんだよ。アイツ面倒だから」
「そんな事言わないの」
「たまには離れさせてくれよな」

「…………」
私と桂子は思わず黙ってしまった。

その気持ちは、分からなくも、ない。


じゃ、何でつき合ったのさ。
と、言いたくなるのをこらえて。

私も黙って、借りてきた一冊を読む事にした。
背中に刺さる視線が、痛かった。
< 11 / 102 >

この作品をシェア

pagetop