いちばん、すきなひと。
初詣の願い事。
気づけば、あっという間に大晦日で。
大した家の手伝いもせず。
借りてきた本をひたすら読み漁る。

桂子からメールが届いた。
「初詣に行こう」と。
いいかもしんない。

どうせ行くなら、今夜だ。
「除夜の鐘、鳴らしに行こう」
近所のお寺で、除夜の鐘を突ける。
きっと、楽しい。

夜に友達と会えるのってワクワクする。

親にも許可をもらった。


午後11時半。
桂子がうちに呼びに来た。
二人でのんびり、歩きながらお寺へ向かう。

「一年、あっという間だったねぇ。」
「ホント。何にも覚えてないわ」

最後の学年なのに、
なんだか毎日が慌ただしく過ぎて。
充実してると言えばそうなんだろうけど。
もう少し、ゆっくり楽しみたかったのも本音。




そういえば。
去年も、桂子とこうやって
除夜の鐘を鳴らしに来ていた。



あの時は
同じクラスの隆くんが好きだった。

陸上部で。
走るのがとっても早くて。
体育祭のリレーのアンカーで
3人をごぼう抜きして優勝した時は
カッコ良すぎて泣きそうになった。

彼と昨年、ここで会った。
偶然だった。
けれどそれから
偶然は続いて。

席が前後になり。二人の音楽の趣味が同じと分かって。
授業もそっちのけで
ずっと二人で話していた。

CDの貸し借りなんかしょっちゅうで。
私が欲しいと言ったCDを
必ず私より先に手に入れて、貸してくれた。

あの時はただただ
彼がかっこ良くて、趣味が合うのが嬉しくて。
ただそれだけで。
『好き』って気持ちを伝えたくて。

付き合うとかそんなの
考えた事、なかった。

勢いで、
バレンタインデーに、こっそり。
彼の家のポストに紙袋を入れた。

チョコレート。
一言、短い手紙も添えて。


翌日、彼はこっそり私に
「昨日、ありがと。うまかった」
とだけ言った。

嬉しかった。


その一ヶ月後に、これまたさりげなく。
私のカバンに何か放り込まれて。
何かと見たら。

下敷き。
好きなイラストレーターが描いた絵の。
美術の時間に、この人の絵が好きだと言った事があった。

有名なメーカーのCMやポスターに使われているので
よく目にするんだけど。

まさかそんな何気ない一言を覚えていてくれたなんて。

こうして。
あの、淡い恋心は。
ずっと続くかと思っていたけど。

当時何も知らなかった私たちは
それからどうなる訳でもなく。
彼の気持ちを確認するワケでも、なく。

ただ毎日、学校でバカ言い合って楽しく過ごし。
2年生という時間を、終えた。


すると何だろう。
春休みの間に
目が覚めたような。

やっぱり
距離を取ると『他人』になってしまうんだろうか。

私の中では、気持ちを伝えてそれで『終わり』だったようだ。

春、彼の姿を見つけて
「やっぱりかっこいいなぁ」
とは思ったけど。

彼に対して、
何も求める気持ちが、ない。
受け取ってもらえて、満足だった。
お返しをもらえるなんて思ってもみない結果だった。
もう、それだけで『満足』した。


そういうのが、『恋』だと思っていた。


つき合うとか、その後どうするとか
もっと大人の話だと、思っていた。
友達の経験談を聞いても、どこか遠い世界の出来事で。

私がリアルに誰かとどうなるか、なんて
想像もしなかった。


一年前の事なのに。
ずいぶん、昔の事のような気がする。

「そういや去年さ、隆が来てたよね」
桂子が、私の頭を見透かしていたかのように話し出した。
「えっ、あっそうだ、そうだった」
内心焦った。
私が隆を好きだったなんて、桂子は知らない。
クラスメイトを好きになるって
とってもリスキーだと分かっていた。

いつも、同じクラスの誰かを好きになってしまう。
自分と仲良くしてくれると
それだけで存在を認めてもらえる気がして。
つい、ほだされてしまう。

自分に、自信がないから……かもしれない。
自分を褒めてくれる人に、弱い。
自分の事を理解してくれる人に、弱い。

分かっているのに。
どうして毎回、こうなんだろう。

クラスメイトだから、いつも誰にも言えない。
一人で抱え込む。

本当は、みんなと
誰がかっこいいとか騒ぎ合いたい。
情報を共有して、キャーキャー楽しんでみたい。

いつも、そこに入りそびれる。

「隆、今年も来るかなぁ」
桂子が夜空を見上げて呟く。

「どうだろうね。今年は受験だしね」
と、何気なく返事して。
あれ?と、思った。
「なんでそんな事?……もしかして桂子ってば隆の事」
「なんでそうなるかなぁ。違うって」
くだらない、と笑っている。

まぁ。桂子からしたら
同級生なんて幼くて、眼中にないかもね。

「ちょっとさ、こういう違う状況で知り合いと会うって面白いじゃん?」
あぁ、分かる。
私も、桂子に賛成。
「分かる!制服じゃないし余計に違う感じするよねー」
そんな話をすると
誰かに会いやしないかと
キョロキョロ見渡してしまう。

二人でバカかもしれない、なんて喋っていたら
「あっ!みやのっち見ーつけたっ」

また、あの声。
ドキリとした。

ゆっくり、振り返る。

「……野々村。」
私は思わず、呻いた。

会いたい人物なんだけど
会いたくなかったような。

だって、ほら。

「よぉ」
と、手を挙げる宮迫が、後ろに見える。
その隣にはもちろん、優子。

で。その隣に……
「こんばんわぁ」
直子だ。


またこの組み合わせか。
ウンザリだ。

見せつけか。

アンタたちといると
自分が惨めになる。


大晦日なのに。
もうすぐ新年なのに。

どうしてこう落ち込まないといけないんだろう。

「あー野々村かー偶然だねーってか私ら行動範囲被りすぎじゃない?」
桂子が笑っている。
ホント、その通り。
嫌んなる。

「ホントだよなーこれも運命?」
「あはは、野々村ってバカ?」
桂子ナイス!
と、心の中で思った。

「何でバカなんだよ。」
「除夜の鐘突きに来たの?」
「そう。ってか桂子オマエ今絶対話反らしただろ。」
「何の事?いいじゃん大晦日だしっ。さー早く行こ」
桂子は野々村を適当にあしらって、私の手を引いてお寺の門をくぐった。

除夜の鐘はさきほどから鳴り響いている。
「今、どのくらいなんだろうね。」
「もう過ぎちゃってたりして」
「まさか」

そんな事を言いながら、列に並ぶ。
後ろに、野々村達が続く。
「みやのっち、勉強してる?」
野々村が後ろから聞いてくる。
「してるしてるー」
「オマエいつも適当だなオイ。」
「アンタよりはしてないと思うけどっ」
「俺、勉強しなくても余裕。」

桂子がその台詞に反応して振り向く。
「今の言葉ムカツク」

「まー俺達くらい賢かったら余裕だぜ。なーみやのっち」
そうかもしれないけど
一緒にしないでいただきたい。

「私は凡人ですので」
「おっと他人行儀ズルイ」

こうやってまた、
くだらない会話を続けると。
後ろから痛い視線が来るんだよ。

いい加減にしてほしい。

私は何もしてないんだけど。


そうこうしてるうちに順番がきて。
私と桂子は二人で一緒に鐘を突く。

ゴォーン

思ったより大きく、綺麗な音が響いた。
「はー、やっぱ楽しいっ」
桂子が両手を上に上げて、伸びをしてそう言った。

一緒に来てよかった。

来年は、違う所だもんね。
もうすぐ。

こうやって、もう
二人で来れないかもしれない。

きっと桂子の事だから
次は彼氏と来たりするんだろうな。
なんて思いながら。

「あっ、もうすぐだよ。年明け」
桂子が携帯の時間を確認して言う。

画面にたくさん、メッセージのお知らせが出ている。
「あー年明けって電波悪くなるからフライングメッセばっかり」
携帯を見たついでにメッセージの確認をする。

そうして、お寺を出たら
すぐ近所にある神社へ向かう。

昨年と同じパターン、だ。

鳥居をくぐるとちょうど、0時を回ったところだった。
「あけましておめでとう」
皆、口々にそう言っている。

「ちょうどよかったねー」
二人で参拝客の列に並ぶ。
するとやっぱり後ろから
「あけましておめでとーゴザイマスッ」
と、野々村が顔を出す。

「あー、おめでとー」
「あけおめ」
二人で適当に返事すると
これまた野々村が肩を落として
「オマエら軽いな。新年だぜ!?新しい一年の始まり!」

だから、何だ。

「もっと楽しく行こうぜ!パアーっっとさ!」
「いや私たち充分楽しいから」
「そゆこと」
二人でそっけなく答えると
宮迫が後ろで溜息を突く。

「やっぱ野々村誘ったのは間違いか。」
「オイ宮迫オマエまで言うか。どこの誰だよ俺様を誘ったの!」
野々村は宮迫につっかかる。
もう酔っぱらいのオッサンくらい面倒だなコイツ。


前の人たちが次々と参拝を済ませ。
自分たちの番が来た。

お賽銭を入れて、手を合わせる。
「今年も家族皆が健康で幸せに過ごせますように……」

それと。
もう少しだけ。
このまま
楽しい時間が過ごせますように。


心でそう祈って。

桂子と二人、おみくじを引きに並ぶ。
「やった!大吉っっ!」
二人で声を揃えて言った後、顔を見合わせて。
私達はガッツポーズを取った。
これは縁起が良さそうだ。

「マジ?みやのっちも桂子も大吉?」
野々村がこっちへやって来る。
手にはやっぱり、おみくじ。

「野々村、どうだった?」
「小吉」
「ひゃはっ」
思わず笑った桂子を、野々村は睨む。
「別に俺は気にしないっ」
そういってキッチリその辺の枝に結んでいるのを見ると
「気にしてるよね、絶対」
と、つついてしまう。

あぁ、楽しい。

他の三人は、まだおみくじの順番を待っているようだ。
結構人が多くて混んでいる。

桂子の携帯が鳴った。
「あ、まりっぺから電話きたよー」
まりっぺは、いつも私たちとつるんでる友達だ。
今日は親戚の家らしく、一緒に来れないと言っていた。

「あーあけおめー。え、今?はつもうでだよぉーそうそう、みやちゃんと。」

楽しそうに桂子が喋っている隣で。
野々村が私の耳元に顔を近づけてきた。
「みやのっち、何お願いした?」
「何って、なにさ?」
「ガッコ受かりますように、とか」
「あーそういやお願いするの忘れたわそれ」
「えーっっ!フツーそれ忘れる?」

ものすごくオーバーリアクションされたのが腹立つ。

「仕方ないでしょ、忘れてたんだから」
「じゃ、何考えてたんだよ」
「言ったらお願いなんて叶わないでしょ」
「ふーん、そんなモンかねー」
「そんなもんなの。ごくフツーのお願いだから別にいいの」

受験なんて、自分の実力でやるモンだし
私は手の届かない凄い学校行くわけじゃないし。

「オレ、何お願いしたと思う?」
「さぁね。」
「あれ、興味なし?」
「なし」
「マジかよ……教えてあげようか」
「いらん」
「えー知りたくね?」
「どっちでも。言いたいんでしょ要は」
「当たり。」

コイツ、マジ面倒。

「で、何をお願いしたのさ」
私はイライラしながら、野々村を見た。
「オレがもっとカッコよくなりますように」

コイツ、バカじゃないだろうか。

私は開いた口が塞がらなかった。
なんでこんなヤツ、好きになったんだ。


実はちょっと、何言われるのか
期待してしまった
情けない自分がいるのは
ここだけの秘密。

もう、絶対
期待なんて、しないんだから。
< 12 / 102 >

この作品をシェア

pagetop