いちばん、すきなひと。
文化祭は色々あるモンだと思っておく。
教室に入った途端、近藤さんが血相変えて飛んで来た。
「みやのっちー!愛ちゃんが今日来れなくなったって!」
「え……えぇ!」

愛ちゃんは、今日の舞台に出演する予定の女子だ。
主演ではないが、結構セリフのある役。
「どうすんの……?誰か代役……」
当たり前の事を呟いてハッとした。

近藤さん、もしかして。

「ごめん!みやのっち推薦した!だってセリフとか覚えるの早そうなんだもん」
彼女は私に手を合わせて謝った。

何そのイメージ、ってそんな事より推薦て、何。

「他に出来そうな人が見つからないんだよー頼むよーみやのっちー」
委員長までもが同じポーズで私に詰め寄ってきた。

「ちょ、マジでそれは無理な話だってば。なんで私が……」
私は両手を上げて降参のポーズを取る。
「舞台の流れと、台詞覚えの良さ。ずっと制作に関わって来たからなおさら分かるじゃん」
「そんなの他の皆も一緒でしょー!?」
全力で断る。

私どれだけクラスに貢献したと思ってるんだ。
そんなに調子のいい人にはなりません事よ!

「だって、できそうな子はみんな役あるし、代役の流れとセリフまで受けられる状態じゃないもん」
「それで、当日手が空いてる子ときたら……もうみやのっちしかいないよー!」

しまった。
当日手が空いてるのは盲点だった。

確かに。制作人間なのでそれまでは働くけど
舞台上では別の人がそれを動かす役割を果たす。
当日はする事がなく、客としてみれるからラッキーみたいに思ってた。
それが仇になるとは。

「…………」
断る理由を必死で探す。

そんな時に。
「おはよー……あれ、何やってんの?」
異様な雰囲気を察知して、野々村は訪ねる。

委員長から説明を聞いて。
「……みやのっち、オマエしかいねーな」
コイツまでもがこんな事を言う。

全くどうかしてるぜ!

「なんでアンタまでそーいう事を……」
「出来る出来る!みやのっちなら楽勝」
「いやちょっと違うじゃんソレ!適当っぽい言い方だし!」

何より昨日アンタ私の状態を見てるだろうが。
キャパオーバーだって言ったの誰だよ。

「今日は顔色いいし声のハリもあるからイケるって」
何観察してんだコノヤロウ。
「そんな問題じゃないでしょ」
「いいか、これはウチのクラスの名誉に関わるんだ。オマエが出る事で舞台が成り立つ。素晴らしいじゃないか」
「そんな言い方に騙されないから……」

野々村は私の両腕を掴む。
「どうせテンパってんならさ、とことん突っ走れよ!」
「アナタノ言葉ノ意味ガ分カリマセン……」
「ギリギリで立ってるからダメなんだって。どうせならライン超えろよ」
「何かの歌の歌詞みたいだねソレ。アンタ作詞家になれるよきっと」

ニュアンス的に、分かるような分からないような。
要するに、キャパ超えてるならとことん溢れても垂れ流してやっちまえよという事か。

笑える。
力が抜ける。
コイツってばどうしてこう、私を動かすのが上手いんだろうか。


「みやのっちー!お願いっ!」
皆にそうやって懇願されると、辛い。
断れない。

あぁ、損な性格。
もっと強かったらよかったのだろうか。

「……打ち上げ代、皆で奢ってくれるなら」
野々村式取引を出してみる。

委員長は振り返って、皆の表情を確認する。
「……オッケ!割り勘なら安いからイケる!」
委員長はガッツポーズを取る。

私の返事を聞くまでもなく。
皆は勝手に盛り上がった。

今日は、とことん大変な一日になりそうだ。
胃薬持ってくればよかった。



結局。急な代役により
必死で台本チェックして流れを確認して台詞を覚える事になる。

出演が終わるまでどこにも出歩けそうにない。

部長のクラスのホスト喫茶、来いと言われている。
この状況じゃ、行けそうにない。

カッコイイ部長のホスト、見たかったんだけどな。

でもきっと今の私は
代役なんかなくても、行けなかったような気がする。
寧ろ、言い訳が出来て好都合なのかもしれない。

酷いな私。


溜息と共に虚ろな気分を吐き出して。
気持ちを切り替える。

今は、とにかく目の前の事だけ。
私は不器用だ。
ひとつの事にしか集中できない。

そんな私が、あれこれ望むから駄目なんだ。
いい加減目を覚まそう。

現実に、戻るだけ。



頬をパチンと叩いて気合いを入れる。
終わってからの事は、その時考えればいい。



私のクラスの舞台は、中盤のお昼頃に開演予定だった。
午前に1クラス、お昼に1クラス、午後に2クラスの演目がある。
実はこれがまた投票式になっており、最終的にナンバーワンになったクラスは
もう一度、夕方最後のクライマックス時に公演をするという仕組みだ。

結構な、プレッシャー。
でも今更、私のこれまでを考えたらどうって事ない。
そう思う事にする。

そう、これからの事を考えると
こんな事で凹んでたらやってられない。


ひととおり、イメージは頭に描いた。
その流れに、自分を重ねるだけ。

「オマエならできるって!行ってこい!」
野々村が舞台の袖で、私の背中をドンと押す。

元気づけられた。
やっぱり、凄い。
アンタの一言で、私がどれほど助けられるか。

ありがとう。

言葉には絶対しないけど
心でそう思って、足を踏み出す。

幕が、上がった。






その後、必死すぎて
何も覚えていない。

ただ、舞台の最後に
たくさんの拍手をもらった。

皆、清々しい顔をしていた。
せいしゅんだねー、なんて笑ってしまう。
こんな事、今しかできない。
楽しかった。


一瞬、眩しい世界に立てた気がした、が。
光と影のように
これからの私は、暗い所に足を踏み入れる。


舞台も済んだ事だしお昼でも食べよう、と近藤さんとウロウロする。
お腹は空いていると思うのだけど、いまいち食欲はない。
朝からの緊張と、舞台の疲労と。
これから予定している事への不安で、胸がいっぱいなのだ。

それでも、せっかくなので食べる。
まだ、食べられる余裕があるのはいいことだと思う。
人間の本能って凄い。


ふいに、電話が鳴った。
部長だ。
もしかして。

「……はい。」
恐る恐る、声を聞く。
「あ、麻衣ちゃん?今どこ?」
「え、友達と一緒に唐揚げ食べてます。吉川さんのクラスの」
案外普通を装える自分に驚く。

「……ウチのクラス、おいでよ。今、俺入ってるから」
行きたい。
やさしく、されたい。

だけど。

息を吸って、声に出す。
「……ごめんなさい。やっぱりちょっと行けない、です。」

その言葉に何か勘づいたようで
「……そう。」
と低く返事が返ってきた。

このままじゃ、いけない。

「……後で……後で会えませんか?どこかで」

少しの沈黙の後。

「……いいよ。じゃ終わった後に連絡する」
ごく普通のトーンで。
だけど気分的に業務連絡のようなやりとりをして。

電話を切った。

「誰?」
私の様子がいつもと違う事に気付いた近藤さんが聞いてくる。
「……美術部の先輩」

「あっ!もしかしてその人……」
「ううん、違うよ」
近藤さんはピンときたように聞いて来たが
私は、否定した。

「違うの」

そう、これからそれについて話すんだ。
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