いちばん、すきなひと。
打ち上げくらいハジケてもいいだろう
どれだけの時間、そこで泣いていたのか分からない。
人の来なさそうな所を選んで正解だった。

泣きすぎて、瞼が重い。
きっと酷い顔をしている。

それでもまだ、私はその場から動く事ができずにいた。

身体も芯から冷えきっている。
だけど今の自分にはそれがふさわしい気もして。
ずっと、校舎の壁に背を預けて。
止まらない涙をずっと、流していた。



何度か、携帯が震えている。
きっともう、文化祭は終わっているはず。

クラスの誰かが気付いたのだろう。
この後打ち上げだと言っていたし。

でも、電話に出る気力もなく。
打ち上げすらサボッてしまおうかという気になっていた。


数分後、しつこく震える電話に
黙って消えるのは申し訳ない気になって。
ディスプレイを確認する。

うん、やっぱり野々村だ。


「……もしもし」
状況を悟られないよう、極力感情と声を押さえて電話に出る。

「オマエどこで何してんだよ!早く教室来いよ皆待ってるから」
「……ごめん、ちょっと行けない。」
「なんで!?何があったんだよ、オイ今どこだ?」
「ごめん、マジちょっと今行けない。後で絶対行くから」
声が震えそうになる。
ほんと、勘弁して欲しい。

「んだよ全く……皆で割り勘してオマエの分も金出して用意してんだからな!絶対来いよ!んで早く来い」
「……うん。後で」

すぐに電話を切った。
涙が止められないからだ。

こんな時に野々村に会ったら
きっとまた何やってんだと突かれてしまう。
また、泣いてしまう。
それだけは避けたい。

弱い自分を見せるのは卑怯だと思う。
いつもの自分に戻ってから顔を出したい。

でも、こんなに目が腫れてたら厳しいだろうか。
真っ赤な鼻していかにも泣いてました、みたいな。

感動して泣いた、とか言ってごまかそうか。
その方がすんなり馴染めるかもしれない。


そんな事を考えているうちに、
涙は、止まった。

人間の感情なんて、そんなモンだと悟った。



トイレで顔を洗い、瞼を冷やす。
酷い顔だ。不細工にも程がある。

これは今日中には元に戻らないだろう。
後は、開き直るしかない。



私は深呼吸して。
自分に言い聞かせた。

何も、なかった。
皆を心配させる事は何一つ、ない。

自分のカタはついた。
やるべき事はやったハズ。

前を向くんだ。
現実を、見るんだ。



少しでも考え事をする時間を作るとダメになりそうだ。
他の事で頭をいっぱいにしよう。
感覚を麻痺させる。それが一番手っ取り早い。


そう思って。
意を決して、教室のドアを開けた。

「ーーーあ!みやのっちー……ってどうしたの!?」
振り返った近藤さんが私の顔を見て驚く。
そりゃそうだろうな。
明らかに泣き顔だから。

「いやーちょっと感極まっちゃって。この準備の為に頑張った事を思い出しちゃってさー」
あはは、と軽く流して。
皆が驚く顔で私を見るけど、気にしてる場合ではない。

「お待たせーごめんごめん、ブッサイクな顔してるけど勘弁してー!」
そう言って紙コップにジュースを入れて、持ち上げた。
「あははーみやのっちマジお疲れー!そりゃあんだけ頑張ったんだから感動するよね!」
「ホント、よく頑張ったよみやのっち!」

皆が受け入れてくれる。
それだけでありがたい。

「よーし!じゃぁ全員揃ったし。皆で乾杯といこうか!」
委員長がコップを掲げる。

「みんな、優勝おめでとーそしてお疲れさまでしたー!」
『カンパーイ』

紙コップを皆でぶつけ合う。
多少ジュースがこぼれようが気にしない。

先生に特別に許可をもらって
放課後の時間を少し打ち上げに使わせてもらった。
買い込んだお菓子の山と大量のジュースのボトル。

感想や苦労話、こぼれ話などそれぞれの話題に花を咲かせて、盛り上がった。

夕方。下校の放送が流れる。
「あーそろそろ片付けようか。」
委員長の声に、皆でワイワイと片付けを始める。
なんて流れのいいクラスなんだろうか。

その時、野々村が手を上げて言った。
「この後時間ある人ー!二次会しようぜー!」

「二次会?」
「そーそー、ちと寒いけど河川敷で花火大会。」
「マジ?面白そう!」

皆ノリがいいのでまた盛り上がる。
結局、ほとんどのメンバーが賛同した。


「じゃ片付け組と、買い出し組に別れようぜ」
野々村の指示で、何となくメンバーが決まる。
「じゃそれぞれの任務完了後、河川敷の橋の下に集合な!」


片付けを終え、言われた所に向かう。
買い出し組が既に集まっていた。

秋の夕暮れはあっという間で
すでに空は暗くなっていた。

「おーちょっと寒いけどイイ感じじゃね?」

「じゃ、火ィ付けよう。あったまるべ」
真ん中に大きめのロウソクを立てて。

皆で手持ち花火を楽しむ。
調子に乗るヤツらは、花火を振り回す。
「ちょっ!こらアブねーだろうがっ!」
「これくらいやらねーと楽しくねーだろー」

みんなそれぞれに盛り上がっている。

買い出し組の子が、コソっと耳打ちした。
「家からコッソリ、アルコール持ってきた。酎ハイだけどね。先着数名のみ」
「エー!?大丈夫?」
「イケるイケる!缶チューハイなんて見た目も味もジュースだよ。誰かに見つからなければオッケー」

なんて事を言うのだろうか。
でもちょっとドキドキする。

「みやのっち、飲む?」
どうしよう。
バレたらマズイんじゃないだろうか。

「とりあえずココ置いておくから、気がむいたら飲んでいいよー」
キャハハ、とその子はひとつ開けてグイッと飲んだ。

辺りはもう暗くなり、互いの顔すら見えにくい状況だ。
確かに、これはバレないだろうな。
何となくそう思った。

「みやのっちー、おつかれー」
野々村が後ろから来て、隣に座った。
「……お疲れっ」
もう、平気。
瞼は重いけど。

缶ジュースを二人でカチンと鳴らす。
「……なぁ、ホントは何があった?」
「何がって、何さ」
「またまた〜そうやっていつもはぐらかすのな、みやのっち」
「はぐらかしちゃ、悪い?」
「何その開き直り。珍しいね〜」

確かに、そうかもしれない。
私は断固否定する派だから。

「誰だって知られたくない事の一つや二つあるでしょが」
「そりゃね。んじゃ今回のはそれだったという事ですか」
「そーいう事。」
「だったらなおさら言えばいいのに。」
「はぁ?」
コイツの言ってる意味がよく分からない。

「俺にくらい言ってくれてもいいじゃん。付き合い長いんだしよ」
「そんなに長くないでしょーがっ。例え長くても言えないモンは言えないの」
「どうせまた我慢してたんだろ。キャパオーバーさん」
「誰が!ギリギリならライン超えろって歌みたいなセリフ言ったの誰だったっけ?」
「それ間に受けてライン踏み外したのかオマエさんは」
「んなワケないでしょが。」

やってらんない。
どうしてこんな時にこうしてやり合わないといけないのか。

私は少しヤケになって来た。
友達が置いていた缶チューハイをひとつ開ける。
「みやのっちソレ……」
「うるさいっ」
野々村の声も聞かず、私は缶を一気に飲んだ。

普通に、ジュースのようで美味しかった。
後に残る、アルコール独特の香りとハイな気分。

「飲まずにやってらんねーっての」
「何そのセリフ」
「こんな時くらいハジケないでどうすんだってば!」
あはははは、とわざとらしく笑う。

「姉さん、キャラ変わってませんか……」
「元からこんなの!そうだよ。私はオッサンよろしくこんなキャラでしたよっ」
「ええ……」
野々村が変な顔をしている。
面白い。

悲しかったはずだけど
楽しくなってきた。

「嫌な事ずっとあったんだよ。だけど今日、それに見切りを付けた。結局、自分が楽したかっただけなんだけどねー」
「ふーん」

空を見上げる。
星がたくさん輝いていて、プラネタリウムにいるようだった。

「自己満足で相手を傷つけるって最悪だよね。」
「…………」
野々村は答えない。
私は酔っているのだろうか。変なテンションに身を任せてベラベラと喋った。

「気を使ってるつもりでさ。でもそれって傲慢だったんじゃないかって。何様だよって感じだよね。」
もう自分で何を言ってるのか分からない。

「相手を傷つけないようにって思ってたのは単なる自己満足で、結局それを行う自分に酔ってたんだよ。」
「…………それ、誰と誰の話?」

静かに、野々村が聞いた。
「誰でもないよ。そんな話がありましたってだけ。」
「ふーん」
「もうね、考え過ぎてよく分からないの。何が本当で何が嘘なのか。自分の言ってることも考えてる事も、やってる事もね、どこまでが本音で建前とか偽善とか本心とかぐっちゃぐちゃ。」
「…………みやのっち」
「で、何もかも嫌になっちゃった。だから……逃げたんだよ。全てから」
喉が苦しい。
誤摩化す為に、あははと笑う。
乾いた笑い声だった。

「……要するに、オマエは辛い思いをしたんだな。」
野々村は私の話を、どう理解したんだろうか。

「何の事だかサッパリ分からんが、みやのっちがずっと苦しかったんだなってのは分かった。で、それはもう過ぎた事なんだなってのも、何となく分かった。」
ゆっくりと、彼は言った。

「…………」
今度は私が黙ってしまった。
酔いが冷めそうだ。

これはマズい。

「ごめん今のナシ!なんか酔っぱらって変な事口走った」
手を必死に振って、取り消しを請う。
こんな情けない姿を見せるつもりじゃ、なかったのだ。
もっと強い、自分をーーー

「頑張ったんなら、それでいいんじゃねーの?」
ドキリとした。

私は、褒めてもらいたかったんだろうか。

「……頑張った……のかな……寧ろ目を反らしたんだよ。頑張る事から」
「それは、自分に素直になるって意味で頑張ったんじゃねーの。いつもオマエは頑張りすぎるからさ、ダメなモンはダメって自分に言えるようになったって事じゃねーの?」

そう、なのかな。
そうだと、いい。

泣きそうになる。
コイツはいつも、私のツボを押さえる。
だから、つい話してしまうんだ。

「……あんまり褒めたら駄目だよ……」
力なく私は言う。
アンタに言われると、ダメになるんだよ。
私が。
もうそれだけでほだされてしまう。

「別に褒めてねーよ。」
そっけなく、彼は空を見上げる。


「……難しいね。色々と。」
私はそれだけ呟いた。

「……だからいいんじゃねーの。学びは大事だぜ」
野々村が私の頭をポンポンと叩く。


ぬくもりを手放したばかりだから、だろうか。
それとも
秋の季節がそうさせるのだろうか。
私は、彼に甘えたい気持ちを押さえるので精一杯だった。

声をあげて
すがりついて
泣いてしまいたい。

でもそれは、また
同じ過ちを繰り返す事なんじゃないだろうかと思う。
だから
もっと冷静にならないと、いけない。

その場の雰囲気で、流されてはいけない。
きっとまた、後悔する。



息が白くなってきた。
そろそろ、帰らないと。

その時、
ピューッと音がして。
ロケット花火が空を、飛んだ。
瞬間。
「コラッ!!危ないじゃないのっ!」

橋の上から誰かの怒る声がする。
「ヤベっ!逃げろ」

皆、蜘蛛の巣を蹴散らすように、散り散りとなった。
そのまま、解散。

楽しく悲しい文化祭の、長い一日が終わった。
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