いちばん、すきなひと。
告白
加代の話に、一瞬私は瞬きをした。
「……え、あ。うん、そう……」

何故、私にそれを言うのか。

「みやのっち、前に友達って言ってたよね?何でも……ないんだよね?」
確認か。
なんだ、そんな事。

背中に少し、冷や汗が流れた感じもするが
「……うん、なんでも、ないよ……?」

だってそれは本当のこと。
私の一方通行なだけだから。

「ありがと。それだけ聞きたくて。」
加代はにっこり笑って、じゃあねと私の前から去っていった。
私は呆然と、手を振って彼女を見送る。

そうか、告白、するのね。

野々村はーーどうするんだろうか。
やっぱり、直子の時のように
つき合うんだろうか。

そうしたら、私はーー

そこまで考えて。
私は頭をブンブンと振った。

一度見ているじゃないか。
人のモノになる彼を。

彼女と楽しそうにするアイツを
側で見て来たじゃないか。
何を今更。


それでも
変な焦燥感は否めない。

その後、何となく
加代の目線が気になって。
野々村との距離を計り損ねるようになった。
どんな間柄だと
居心地がよくなるのだろう。

分からない。



彼は何も気にする事なく、気付く事もなく。
相変わらず私と話す。
くだらない話題を。

私もそれに答える。
少しだけ頭を使って
意識して。
変にこれ以上踏み込まないように
そして、それを彼に勘付かれないように。





2月の半ばーー噂が回ってきた。

加代が、野々村に告白したと。
数人は驚きの表情をしていたが
私にとっては、何でもない事だった。

そうか、ついに言ったか。
あ、バレンタインだな。
その程度だ。

加代はやっぱりトップクラスだなと思う。
いつもまっすぐで興味のあるものに飛びつく。
そしてーー素直だ。
そして、強い。

凄いよ、加代。
自分の気持ちを相手に伝えるって。
そう簡単には、できない。

ましてや相手はクラスメイト。
よく頑張ったなと、感心する。

私には、できない。
だから、トップクラスには入れないのかもしれない。

それでいい。
私は、これでいいんだと言い聞かせた。

焦って今の関係を壊すより、よっぽどいい。



「ーーで、アイツ何て言ったと思う?」
昼休み。
加代のグループにいるはずの女子の一人が、面白そうに持ちかける。

人の話ほど面白いものはない、そういった顔だ。
きっと、同じグループのよしみで本人に色々聞いて来たのだろう。
そしてそれを皆と共有したいと思っている。
加代にとっては噂が筒抜けというのは可哀想な話だが、女子というのはそんなモンだ。
噂話が大好き。

しかも相手が相手なだけに、注目度もあるのだろう。
クラスメイト同士の恋バナなんて、これ以上面白いものはない。

加代レベルだと告白されたら浮かれるだろう、一般的な世の男子は。
野々村の元カノーー直子を思い出して、加代も悪くないんじゃないかと思ったり。

「全然分かんないよー、教えてっ」
近藤さんが興味津々で前のめりに顔を寄せて聞いてる。
彼女も女子だな、と改めて思う。
性格はサバサバしているけど、こういう話には敏感だ。

それを冷静に見てる自分が、一番オッサンなのではと焦る。
野々村の返事に興味がないとは言えないが
近藤さんのように、目をキラキラさせて食いつくほど
恋愛の話に踏み込めない。

それは、まだ
自分の傷が治ってないからなのかも、しれない。


「それがさ……『好きな子がいる』んだって!断られたって加代が言ってたよ」
「えーっそうなんだー」
「アイツ、好きな子とかいるんだ。彼女とかいるのかな?」
女子が口々に囁いている。

少し、意外だった。
だけど、分かる気もした。

直子との事。
自分の経験を重ねて。
やっぱり、振る方も振られる方もキツいというなら
中途半端な感情で付き合ってはいけないんじゃないだろうか。

私はアイツではないし
ちょっと違うのかもしれないけど
なんとなく、そんな気がした。

でも
「好きな子って……ちょ、もしかして……みやのっちじゃないの?」
近藤さんが私の肩を叩く。

「んなっ、何でそんな話になるのよ。違うってば」
「じゃ、知ってるの?アイツの好きな人」
「……知らない。てか、そこまで込み入った話するほど仲良くないし」
「ほら、分からないじゃん。みやのっちかもよーどうする?」
ドキリとする。
今まで一番、考えないようにしてたのに。
何を言い出すんだろうかこの人は。

「あ、あのねー……私とアイツは中学から一緒だったんだよ、そんな展開になるならとっくになってるって。今までもこれからも、ないモンは無いの!」
少しムキになって本気で話してしまった。

そう、何も変わらないのだ。

直子と野々村が付き合っているのも、側で見ていた。
悲しい気持ちで。
だけどそれは、自分が選んだ事だから。

そして今回も、私は相変わらずだ。
同じ気持ちでーー彼を見る事になる。

中学三年の
あの図書館での会話も、あんなにドキドキしていたけど
結局何もなかった。

部長と付き合ったおかげで、少しだけ分かる。
お互いの気持ちが通じる、独特の瞬間。
周りの景色が無音になるようなーー
あれを、野々村といる時に感じた事はない。

そこまで自分で気付いて、とても凹んだ。
何やってんだ、バカじゃないだろうか私は。


「……じゃぁ、誰なんだろうね。」
近藤さんは他の女子とまた、その会話に戻る。
私はターゲットから外れてホッとしたのと
それ以上アイツの話を聞きたくなくて、感情をシャットアウトした。


もしかして、と期待した事はある。
いくらでも。
数え上げればキリが無いほどに。

だけど私は
それを確かめる術を知らない。

いや、知っているけど
そんな事、ぜったいしない。

これ以上、望んだら駄目。
絶対、壊れる。
この想いが無いと、私はもう立っていられないかもしれない。
それが怖いだけだと、気付いている。

今のままで、いいんだ。




もうすぐ、3月。
一年が、終わる。
野々村と同じ教室で学ぶ事も、これで最後。

そう思うと、少しドキリとする。
本当にこれでいいのかと問う自分がいる。

高校生活はまだあと2年もある。
こんな事でそれを駄目にしたくない。

でも、本当に
彼と机を並べるのはこれが最後かもしれないよ?
心の中で何度も確認してしまう。
いいのか?と。

でも、少しの希望で
もしかしたら、来年も
こうやって楽しく過ごせているかもしれない。
そんな微かな、ほんの僅かな可能性に
期待を寄せる自分が、いる。

情けない。


食慾が沸くはずもなかった。
気休めに、保湿力の高そうなクリームだけ買って
これ以上酷い顔にならないように、慰めた。




野々村はそんな噂を知ってか知らずか
呑気に私に話しかける。
「みーやのっちー、ついにお別れだなー」

3月。終業式。
あっという間に、この日が来た。
この教室も、今日で終わり。

次に学校へ来る時は
新しい仲間と教室に、なる。

そこに、彼はいるのだろうか。


「やっとだねー長かったねー2年間」
「そだなー濃い2年だなー」
「くだらない話ばっかりだったけどね」
「そだな」
二人で顔を見合わせてゲラゲラと笑う。

野々村との楽しい会話も、これで終わりなんだろうか。
少し、残念な気もする。

クラスが変わって、距離が広がると
気持ちが薄れる事を、私はよく知っている。

だからこそ。
悩むのだ。

このままでいいのだろうか、と。
変な緊張感が、私を襲った。

後悔、しない。
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