いちばん、すきなひと。
気付けば新学期だったという状態。
「ねぇ、みやのっち。また痩せた?」
1月の始業式終了後。
久しぶりに顔を合わせた近藤さんが
首を傾げて私に尋ねた。

「えっ、最近体重計なんて乗らないから分からないけど……」
自分の容姿を気にする余裕がなかった。
そういや、制服のスカートに違和感が少し。

「絶対痩せたよー普通は年末年始なんて食べて寝て太るモンじゃないの?いいなー」
近藤さんは目薬を刺しながら、今日はコンタクトの調子が悪いとついでにボヤく。



気付けば、あの美術館へ行ったきり
特に何も変わらない、平和な日々が過ぎていた。
美術部にはそこそこ顔を出し、早めに帰る。
幸い、以前のような変な事件に合わなくて済んでいる。

部長は、それとなくその事だけは気にかけてくれているようだけど。
だからと言ってもう甘えてばかりはいられない。

ある程度の自然な距離感も、掴めてきた。
二人きりになることはもう無いだろう。

私の感情も、それに慣れてきた。
野々村との適当な距離感を相変わらず保てる事にも。

年末年始をゆっくり家で過ごし、昨年の楽しさを懐かしんではため息をついて冬休みも終わった。
なんだかよろしくない過ごし方だと自分で残念に思っているのだが。



そして新学期早々の言葉が、彼女のそれだったのだ。
痩せたと言われて、悪い気はしない。
元々厚みのある体格だったので、これくらいが丁度良いのではないか。
だけど。
何も心当たりが無いからこそ、そんな風に言われても反応の仕方が分からない。

「でもそういやあんまり食べてないかもしれない。」
率直な感想を述べてみた。
食べる事に興味が沸かないのだ。
「ちゃんと食べないと駄目だよー肌荒れしちゃう」
「あーそうだねーそういや今朝もカッサカサだった」

タンパク質とミネラルが要るね、なんて話を冗談めかしていたら。
「みやのっちー、今日ヒマ?」
野々村と松田が、やって来た。
「なんで?」
「俺らこの後カラオケ行くんだけど。どうよ?」

カラオケ。
久しぶりに聞いた。
そういや最近そういう遊びをしていない。

「いいねー近藤さんも行こうよ」
「え?私?」
突然振られた話に、驚きを隠せない様子の彼女。
いつも冷静なイメージなだけに少し面白かった。

「……いいけど私、歌わないよ。」
「えーなんで。せっかく行くんだから歌わないと」
「うーん人前で歌うの苦手。聞くほうが好きかな。」
「へぇ、じゃ行く?」
「歌わなくていいなら、行くよ」

変わってるね、と松田が笑って
「じゃ決まりー。後は誰誘うかなー多いほうが面白いよなー」
と、あたりをキョロキョロとする。

「何ー?なんの話ー?」
すぐ側を歩いていた加代が、突然顔を出した。
「カラオケ行こうって話してんだけど、加代も行くか?」
松田の誘いに彼女は目を丸くして、喜んだ。
「ホント?私も行きたいっ!あっ、それじゃ早紀も誘っていいかなぁ。」
早紀は加代の親友だ。トップのキラキラ女子の一人でもある。

「いいじゃん、行こうぜー」

そう話す二人を見て、少し冷静に確認する。
野々村と松田は、中学から一緒なモンだから特に何も考えてなかったのだけれども。
コイツらもトップグループの一員、だよね。

私と近藤さんは、どう見ても二番目。
気分的には三番目でもいいくらいだ。

あぁそうか、だから近藤さんはちょっと驚いたのか。
彼女はトップに混ざる事に抵抗があると言っていたのを思い出した。
今日くらいは大丈夫だろう。私もいる事だし。
勝手にそう、解釈する。

と、なると。
加代、早紀、野々村、松田ーーこのトップ四人と一緒にいても
いいのだろうか。
複雑な心境。

もしかしたら、私
身の程知らずだったりするんだろうか。

いや、このクラスはそんな事を気にする人たちじゃないだろう。
勝手に分類して線引きをしてるのは、私の劣等感だ。
気にしなくてもいいはず。

自分にそう、言い聞かせる。
でも少しだけ、近藤さんに
巻き込んでごめんと思う。

でもそれを声に出すのは違うと知っている。
だから。
とりあえず流れに乗ってみた。





野々村は、歌も上手い。
中学の歌のテストで、先生がお茶目にも「カラオケ大会」を開いた。
教科書の歌より、皆が親しんでいる曲でテストすると言ったのだ。
盛り上がったのは言うまでもない。

その時に注目を集めたのが、野々村だ。
女子なんて皆聞き惚れていたんではないだろうか。
あの、残念なキャラ故に本気で彼に惹かれるものはそう多くはないと思うが。
歌が上手いのは得だ。カッコよく見える。

松田も実は上手いのを知っている。
野々村が目立つからどうしても忘れがちな存在なのだけど
どちらかというと、松田のほうが上手い。
バラードを歌った彼は、とても似合っていた。

この二人の歌が聞きたいがために、この話に乗ったといってもいいくらいなのだ。

でもここに、加代と早紀が入る事で
この魅力が、彼女達に知られるのがとても残念な気もした。
自分だけの情報にしたかったのだ。
なんという独占欲だろう。

私は二人のただの友達であって
そんなところに踏み込める人間ではないのに。

仕方ない。
割り切って、いこう。

そう思い、店員に案内された部屋に皆で入った。




案の定。
野々村と松田は先陣を切って歌う。
初めて彼らの歌を聞いた三人が、口をあんぐりあけて聞き惚れているのを
私は少し優越感に浸りながら、面白可笑しく見ていた。

「……ちょ、すご……キミたち上手いじゃん!」
「カッコいいー!」
加代と早紀が拍手で盛り上げる。
「……だろ?当たり前じゃんかよ俺が上手いのなんてさ」
野々村は前髪を手で搔き上げる。

平然とそのポーズでそれを言うコイツが何とも……
私の変わりに隣で松田が溜息をついてくれたので、同意だけにしておく。

「松田くんの声、バラードとか向いてそう。歌ってー!」
「えぇっ……今そんなの歌ったらしんみりするじゃんかよ。もっと盛り上げて行こうぜー」
「じゃ、後で絶対歌ってよ!」
「俺様が歌ってやるよ。後で」
「野々村はねーもっとハジける曲が似合うな。」

四人がキャッキャッとリモコンをタッチしながら盛り上がっている。
私と近藤さんは、本当に傍観者だった。

そこにマイクが飛んで来た。
思わず受け取ったが。

「みやのっちも歌えよ。」
野々村が言う。
「えーこの状況で歌えとか……罰ゲームみたいじゃん」
マジ勘弁してくれ……

何故トップクラスの女子の前で歌わねばならない。
調子に乗るのも大概にしろって。

「オマエが歌上手いのは俺が知っている。アレだ、あの歌!アレ入れろよ」
何だよあの歌って。
私には全く、心当たりがないーー
と、過去を振り返って。

思い出した。
それこそ、私が思い出していたあの時の。

「オマエ中学んとき音楽の授業で歌ったじゃねーか。あれでいいじゃん」
「えー古いし!」

どうしてこうも、
同じ事を考えているのだろうかコイツは。
腹立たしくも、嬉しい。

「んじゃ何でもいいから。俺らだけで歌うのは面白くねーからな」
「…………」
「みやのっち、何歌うー?」
加代がリモコンを渡してくれた。

彼女たちの前で何を歌えというのだ。

しばらくリモコンを適当にタッチしてみる。
その間に、加代と早紀が聞き覚えのある最近の曲を歌っていた。

上手いなぁ。
リモコンのディスプレイの情報より、彼女達の声が頭に入る。
目の前の文字は滑り落ちて行く。

こんな状況で。
私は何を。

段々、イライラしてきた。
何のために私はここに来たのだろう。

近藤さんは聞くのが好きだから、と了承して来ているので
普通に楽しそうだ。

私は?


「…………ええい!こうなりゃヤケだ!」
最近、歌もさほど聞いてない。
だいたい、流行の曲なんて皆恋愛モノじゃないか。
そんなの聞いたら凹む事間違い無しなんだから。

それでも。
自分が歌えるのも、恋愛の曲なワケで。
でもそんなの気にしていられない。


「金払ってんだから歌うわよ!」
「……みやのっち、キャラ変わってないですか?」
隣で近藤さんが引きつった顔をしているが、それすら気にしない。

年末年始の溜まったストレスを発散させるんだ。


私は、自分のいつも聞いている曲を、歌った。
ノリのいい曲からバラードまで。
皆も知ってるアーティストなので違和感もない。

その時の記憶は、あまりない。
とにかく、歌って踊った。
楽しんだ。


帰り。皆と別れて
やっぱりいつもの三人で
並木道を歩く。


「いやー歌った歌った」
松田は空になったペットボトルを振り、カバンに投げ入れた。
「声ガラガラだわ」
「それにしてもみやのっち、ハジけたねー」
野々村がニヤニヤと私を見て言う。
「……すんません……」

加代と早紀のノリがいいモンだから
調子に乗ってしまった。
反省。

立ち上がって仁王立ちで腹から声だして
目ェまで瞑って感情移入して歌ったら
ちょっと引くよね。
サビなんか手のフリまでつけちゃう始末。


「まぁいいってコトよ!みやのっちのストレスも発散できたんじゃね?」
野々村は私の背中をバンバン叩いて笑う。
「……おかげさまで。」
私はそう言うしかなかった。

「それにしても、オマエ大丈夫なの?」
松田が私の顔を覗き込んで、言う。
「……何が?」
「いつの間にそんな細っこくなったんだよ。もっとイカツかったじゃねーか」
イカツいは言い過ぎだバカ。

「知らないよー忙しかったからじゃない?別にダイエットとかしてるんじゃないしーそのうちまた太ったらアンタの首でも太い腕でシメてあげるよ。」
「コワッ」
くだらないやりとりを松田と楽しむ。


「いやでもマジで気をつけろよオマエ。それ以上痩せたらヤバくね?」
野々村も私の腕を掴んで言う。
「誰がそんなに痩せるかっつーの!ちゃんと食べてるしよ!」
そうだ。ちゃんとご飯食べてる。それなりに。
一時期より量は減ってるかもしれないが。


「これ以上は落ちようがないから大丈夫だってば。第一何もしてないのになんでそんなに言われないといけないんだよ。体力だってそれなりにありますからね!」
「まぁな、あの声量聞いたら問題ねーな」
松田が頷く。
「でしょ。しょーもない話しないのっ」
話題を、変えたかった。

心配されるのは、嫌いだ。





だけど
あまりにも皆に言われるので、少しだけ気になった。
帰宅して、洗面所を兼ねた脱衣所へ向かう。
体重計に乗るのも半年ぶりくらいだろうか。

7キロも、減っていた。


嬉しいような、怖いような。
とりあえず、身長とのバランスを見て今が一番良いと確認する。
平均的だ。
以前が少しオーバーしてたので、ちょうどいいハズ。

病気でも何でもない。
思春期の女子は途中でガラっと変わったりするモンだ。

変わる?

私も、変われるのだろうか。
この、うだつの上がらないスパイラルから
浮上する事ができるのだろうか。




そんな期待を少し見いだした翌日。
加代に呼び出された。


「私さ、野々村に告ろうと思うんだ」
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