いちばん、すきなひと。
告白タイム
一瞬、部屋が静まり返った。

真鍋は耳まで真っ赤にして、半ばヤケになった様子で声を張り上げた。
「だーかーらっ!俺は加代が好きなんだって。……付き合ってくれませんか!」

皆で黙って加代を見る。
加代は真っ赤な頬に手を当てて、目をまん丸にして真鍋を見ていた。

しばらくの沈黙。

こっちまでドキドキする。
自分の時を思い出す。
もう、随分前の事なのに。

「は……い。こちらこそ……お願い……します。」
か細い声が聞こえた。

加代だ。
その声を聞いた途端、部屋の空気が変わった。
「おい……やったじゃん!」
「マジかよ……」
ひゅーっと連れの男子が口笛を吹いた。

「加代……」
キャー、と佳代の周りの女子も声を上げる。
「加代も真鍋の事気にしてたもんね。」
そうだったんだ。知らなかった。

加代と言えばーーついこの間、野々村に告白したんじゃなかったっけ。
自分の記憶を辿る。間違いないだろう。

それなのに今じゃ真鍋の隣でしおらしく可愛い顔をしている。
切り替えが早いんだな、羨ましい。
素直にそう、思った。


どうしてそんなにアッサリと次の恋へ行けるのだろうか。

駄目だと分かっているのに
どうして自分は立ち止まっているのだろうか。


何処かで、期待をしている。



そんなハズない、と言いたいのに。
言い切れない自分がいる。


違うと頭で思っているのに
もしかして、と都合良く考えてしまうのだ。

だから、いつまでたっても動けない。


彼女のように、真実を確認すれば
私も前に進めるのだろうか。



でもそれは最悪の場合
微かな希望すら断ち切ってしまう行為だ。

今の私には、その現実を受け止める勇気がない。


それなら一体、いつになったらその覚悟はできるのだろうか。


初々しく顔を見合わせて嬉しそうに微笑む二人を見て、私は思わずため息が出た。


あれは、勇気を出した者だけが得られるものだ。
羨ましがっては、いけない。

欲しいなら、自分で動かないと。
でも。今は
彼の存在が無くなる事が怖い。
彼を想うとあったかくなる、この心を無くすのが、怖い。



「……いいねぇ若いって。青春だなぁー」
ユキの声で私は我に返った。

「そうだねー……ってかユキの言葉、おばさんだよそれ。」
私が苦笑していると、忘れていた人物が顔を出した。

「おーい、盛り上がってんなぁ。」
松田だ。
「松田ー!今コイツが加代に告ってよー」
真鍋の頭を小突きながら、隣の男子がひゃっひゃと笑う。

「マジ⁈……んで加代は」
と、真鍋の隣を見て止まる。

「……マジかよ……」
絶句、という言葉がしっくり来るような顔だった。

「これぞ修学旅行だろー」
「きゃーこっちが恥ずかしいわー」
周りが勝手に盛り上がる。
声が大きすぎたのか、廊下から他のクラスの生徒まで覗き込む始末だ。

あまりの騒ぎに担任がやってきた。
「おまえらちょっと騒ぎすぎだ。そろそろ夕食とオリエンテーションやるから食堂行きなさい」
はーい、と皆散り散りに部屋を出る。





夕食後、皆はオリエンテーリング会場へと集まった。
簡単なゲームをやり、クラス対抗で盛り上がる。

相変わらず野々村は調子にのって前へしゃしゃり出て司会進行なんぞやっている。

そんな彼をぼんやり見ながら、先ほどの事を思い出していた。
私には、出来るんだろうか。

この恋を手放して、新しい恋をつかむなんて。


でもこのままじゃ、いつまでたっても変わらない気もする。

それどころか、この先卒業しても
ずっとこれを引きずっていくのだろうか。

野々村とは、これで本当に最後だ。
そしてクラスも変わった今では、二人で会う機会なんてそう無い。

何よりあのーー図書館で見かけた彼女という存在。

分かっていて何を言えば良いのか。
それこそ単なる自己満足ではないか。

私は、彼の事を何も知らない。
あんなに近くにいたのに、何も知らないのだと思い知った。

そんな惨めな自分で、どうして気持ちを伝える事ができようか。

「……おい、聞いてるか?」
不意に目の前で手を振られ、私は現実に意識を戻した。
「……何が?」
私の返事に、松田は呆れてため息をついた。


「やっぱり聞いてねーのな」
「……ごめん考え事してた。で、何?」
悪いと思いつつ、本題が知りたくて
さっさと要件を聞くことにした。

「……真鍋だよ。アイツ何であんな所で加代に告ったワケ?」
松田は途中しか知らないのだ。
私はかいつまんで説明した。

話を聞いてなるほど、と納得した松田は
「あー俺もその場に居たかったわー」と悔しがった。
「うんうん、面白かったしね」
私は頷いて同意したが、事の成り行きを考えるとそうでもない。

「でもさ、真鍋はゲームに負けたから罰ゲームで告ったんだよ。アンタ自分が負けたらどうするのさ」
「俺?そりゃ負けたら腹括るさ」
へー……と聞き流しそうになって。

「あれ?松田って好きな人いるんだ?」
思わず突っ込んでしまった。
「いたら悪いかよ」
こちらを見ずに、前を向いたままそう呟いて。

「あー俺も青春しようかなー」
意外な台詞だった。
松田がそんな話をするなんて。

いつも人のことをからかうような奴で。
いつも私や野々村にノートをせがんでいるような奴が。
青春しようか、なんて。

コイツも普通に高校生だったのか、と気付いた。

みんな、悩んでるんだ。
ちょっと親近感を得ると同時に
何となく面白くなってきて、悪ノリしてしまう。


「いいじゃん青春しなよー。いいねー皆ドキドキだねー」
あー私もそんな風に楽しみたいなぁーなんて
思ってもないような台詞を自分で言いながら座ったまま背伸びをする。

部屋の壁に持たれて、二人で目の前のお笑いライブのようなやりとりを眺める。
オリエンテーションは一番の盛り上がりを見せていた。
楽しそうに笑う野々村を遠くから見つめていると。

「……俺も告ろう、かな。」
今の松田の声は、きっと自分しか聞いていないだろう。
思わず私は目線を隣に戻した。

誰も、自分たちの話には気づいていない。
「言っちゃいなよー。こんな時しか言えないよね。」
恋愛相談に乗ってる気分だ、楽しい。

「おう、今しか言えないと思うわオレ」
前を向いたまま、彼はそう言った。

おお、ついに決意したか。
面白くなってきた。
私は自分の事のようにワクワクして
松田を応援したくなった。

「いいじゃん、その勢い!頑張れ松田ー」
ところで。
松田の好きな人って、誰なんだろう。

「……それでさ、誰に告るの?」
私の質問に、彼は前を向いたまま答えた。



「……オマエだよ。」



はい?
今、何と言いました?



ドッと沸き起こった歓声も耳に入らず。
私は自分の隣に座る人の声を、聞いた。


「……オマエが好き、なんだよ」
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