いちばん、すきなひと。
その後のハナシ。
何気なく午前中の授業をこなし、昼休みを迎える。
いつもどおりお弁当を広げ、ユキと楽しく春からの新生活に想いを馳せる。

ユキは見事、タクミくんと同じ大学に合格した。
二人がこれからどうなるのか、誰にも分からないけど
どんな道を進んでも、ユキを応援したい。

「あーこの生活もあと少しだね」
「ねー」
ほんと、あっという間だった。
いつまで同じことをグダグダ悩むのかと思っていたけど
振り返ってみれば、それなりに少しずつ進んでいる。

たくさんの人と出会って、いろんな経験をして
たくさん泣いて笑って、ここまで来た。
彼との思い出も、まだ色あせはしないけど
そのうち、懐かしむことができるんだろう

「ーーーところで麻衣、なんかあった?」
ふいに向けられた話題と視線に、一瞬ドキリとする。
「へ?なんで?」
「んーーなんかスッキリしてるというか」
相変わらずの鋭さ健在。
かといって『やっぱりね』的な面白くもない話をぶっちゃける気にもならず。

「そう?なんにもないけどね〜」
素知らぬフリを通す。
今更何も話せることは、ない。
ごめんねユキ。これだけはまだ、言えないよ。

そのうち、言えるといいな。
またあの時の旅行のように。

ふうん、とユキは首をひねっていたが
突然起きた廊下のざわめきに注意を持っていかれた。
お弁当を片付け、最後のジュースを飲みながら
「何があったのかな?」
「何だろう?」
と、二人で遠くからその様子を傍観していたのだけれど。

「何?喧嘩?」
「誰?」
皆騒ぎを聞きつけて廊下に出ている。

「え〜こんな時期に誰が何してんのー」
ユキが呆れながら、飲み干したジュースをゴミ箱に捨てる。
彼女はそのまま廊下側へ歩み、窓から顔を出した。

「……!ちょ」
途端にユキは慌てて私のところへかけ戻ってくる。
ちょうどその時、廊下に学年主任の大声が響いた。

「誰だ!こんなところで騒いでいるのは!」
「こら!やめなさい!」

おお、マジで喧嘩っすか。
これはこれは物騒な…
てか、みんなストレス溜まってるのかな
進学校なだけに、この時期決まってない子にすればプレッシャーも半端ないだろう。

他人事のようにそう思い、
結局誰と誰がやらかしたのかとユキに伺う。

「松田と野々村が、殴り合ってた」
「え」

絶句。

廊下に先生の怒号が響く
「松田、野々村!二人とも職員室へ来い!」

どうやら、聞き違いでは無いらしい。

松田と、野々村。
今朝まであんなに仲良く登校してたのに
何故なのか

自分には関係のない話なのだろうけど
一緒につるむことが多かっただけに、ショックだった。
しかも何故こんな時期に。

何があったんだろう

二人とも、無事だったら良いのだけれど
身体はもちろんのこと、進路に関してもこれが響かない事をとにかく願った。



***



午後の授業、英語だったのだけれど。
二人ともワークを借りにくるなんて事はなく
授業にも出ていなかった。

二人が気になって仕方がない。
でも自分が間に入ったところで、何の役にも立たないだろう
そんな歯がゆさがを噛み締め、あとで戻ってきた彼らのためにと
いつもより丁寧にノートを取った。

どうか、大事にはなりませんように。



その後、松田が教室に戻る事はなく。
私たちは彼を気にしながらも、帰り支度を始めた。

きっとーーー野々村も、まだ戻っていないだろう。
確認する術はないけど。


明日になったら、また会えるだろうか。
もしかしてこのまま、バラバラになったりするんだろうか
そんな不安を抱えて、ひとりで並木道を歩く。

ああ、あの時歩いたこの道。
夕日を背にして帰ったあの日。

三人での思い出がありすぎて
あの頃に戻れたらいいのに、と少しだけ思ってしまう。
それはそれで辛いんだろうけど。

少しずつ、時間は過ぎていくんだ。
知らない間に
それが今はとても、もどかしい。

春の優しさに慰められながら、ゆっくりと歩く。
枝の先についた蕾の数を数えて、気を紛らわせる。

その時
「……みやのっち」

ふいに、後ろから声がした。
びっくりして振り返るとそこには彼が立っていた。
「……松田」

瞬時に頭からつま先まで眺める。
殴られたのか、左の頬が少し赤く腫れてはいるが、他は目立って大怪我はしていないようだ。

無言で私が目の前の人物の無事を確認していると
はは、と彼が笑う。
「なに見てんだよ」
「いや、大怪我してないかなと」
「なにそれ期待はずれみたいな?」
「違うって」

なに言ってんの、と軽くツッコミを入れつつ安心する。
よかった。
それにしても

「…聞いたよ。野々村と喧嘩したんだって?」
「あー、うん」
彼はバツが悪そうに視線を下に向ける。
「びっくりしたよー今朝あんなに楽しそうにしてたのにさ」
「だからだよ」

え?
反射的に飛んできた返事の意味がわからず
私は彼の顔を見た。

「ちょっとな、前から色々とムカツクことがあったんだよ。」
「……へえ」

意外だった。
なんせ二人は、中学から部活もずっと一緒にやってきている仲間だ。
それを今になって何故揉めるような事になるのかと。
しかも普段温和なイメージの二人だったから、つい驚いてしまった。

「うん、まあそんなとこだ」
彼はそれ以上この話題には触れたくないらしく、切り上げようとした。
私もーーーこの状況で松田に野々村の無事を確認するのも失礼だと思い
詳しく聞くのをやめた。

そんな話題のあとで、しかも頬を腫らした男子相手に
気のきいた話ができるわけもなく
無言で、歩くことにした。

並んでゆっくり、ペースを合わせて歩いてくれる。
彼も何か考え込んでいるようでーー
けれども私はそれを聞き出す勇気もなく、黙るしかなかった。

「……なあ」
ふいに発せられた言葉が、自分に向けられたものかと確認するまでに
少し間があったものの、私は彼の声を聞いて思わず隣を見た。
松田は前を向いたまま、独り言のように呟く。

「もうすぐ、卒業だな」
「……うん、そうだね」

少しの間、不自然な間があって

「……アイツに、伝えた?」
「?」
一体、何の話をだろうか
私と松田のことなんて、野々村には何も話すことは無い。

キョトンとする私を見て、少し立ち止まって
「俺はいつでも、みやのっちの味方だし…辛いことがあったら、いくらでも話聞いてやるよ」
アイツ彼女いるだろ、と呟く。

もしかして
知ってる?

「伝えたよ」
気まずいのか、松田は遠回しに言ってきたけれども
私はアッサリと返事をした。

この際、松田にちゃんと言おう。
それが、彼に対する礼儀だ。

私は、松田のことも好きだ。
彼と一緒にいると、とても大事にされてると思うし、楽しくて……なにより
こういうところが優しい。
知ってて、気づかないフリをしていた。

でも同時にそれは、また田村先輩の時と同じことを繰り返すような気がしてならなくて。
まだ傷が癒えない心では尚更
ただ甘えるだけになってしまう。

だから、きちんと伝える。

「伝えるって大事だね、結果お察しのとおりだけど。大事なことを学んだと思う…それを教えてくれたのはーーー松田だよ、ありがとう」
彼は私があまりにもサラリと話したのが意外だったようだ。
一瞬、驚いたような顔をしていたが
すぐに納得してくれた。

「え、ああ…うん。そっか……」
「そう。だからもう、いいんだ」

今までのモヤモヤが嘘みたいだ。
まだ胸は痛むものの、こんなに平然と話せる自分がいる。
私の中で、『過去』になりつつあるのだろうか。
それはそれで少し、寂しいのだけれども。
< 73 / 102 >

この作品をシェア

pagetop