いちばん、すきなひと。
思い出の並木道
「ふうん……そっか」

彼は噛みしめるように繰り返しそう呟き、
私の頭をポン、と軽く叩いたかと思うと
わしゃわしゃと撫でくりまわした。

「ちょっ…!なによー」
「いや、みやのっち頑張ったじゃん」

彼はまだ痛々しい頬のまま、ニッと歯をみせて笑う。
夕日のせいだと思うけど、眩しい。
このまま、この温もりに流されたいなと思うけど

「そうだよ、頑張ったよ。人生で一番頑張ったかもね」
照れ臭くて、少し茶化すように私は声を張り上げる。
「おー頑張ったな!」
彼も合わせて頷く。
そして

「じゃあさ、改めてーーー俺と付き合ってみない?」
「!」

いつものノリで、彼は言う。
いつものとおり、返したい。
だけど

今日は少し、改まっておく。
これが、私なりのケジメ。

「ごめんね。やっぱり私、松田とは付き合えないよ。」
松田のことは、好き。
でも、野々村のことも、まだ好き。

松田のことが、大事だからこそ
田村先輩の時のように
それが壊れた時の事を思うと怖くて、踏み込めない。

これ以上、大事なものを失いたくないんだ。
本当にごめんね。

「ーーーそっか。やっぱそうかー残念」
はは、と彼は笑って
「ま、分かってたけどな」
「松田のそういうところ、好きだよ」
「……なにそれ、反則」
珍しく照れる彼の顔を見ると、さりげなく言ってしまった自分の言葉の意味に気づく。

しまった、つい口が滑った。
野々村に告白した時から、どうも調子がおかしい。

「あー…ごめん」
「いや、そこ謝んなよ」
「あ、ごめん」
「だからーー」
はー、と深いため息をついて
彼は体を折り曲げて膝に両手をついた。

「じゃ、一回だけお願い」
「なにを」
「ちょっと、かして」
「え」

その途端
「ーーー!」
力強く、抱きしめられた。

彼の鼓動が伝わってきて、痛い。
私も同じように伝わってると思う。

「…オマエ、ずるいよ」
「……うん」

もう、謝れない。
言えば言うほど、彼を傷つけてしまいそうで

どのくらい、そうしていたのだろうか
時間の感覚がマヒしている。

そういえば、田村先輩とも
こういう時があったな、と
ふと思い出して。

あの頃もたくさん泣いて悩んだから
もう同じことは繰り返さない。
そう、心に強く念じる。

「……あー惜しい。非常に、惜しい」
彼がボソっと耳元で呟く。
私はだまって、彼が落ち着くのを待った。

「もっかいだけ、言ってよ」
「だめ。言わない」
「じゃ、付き合って」
「無理」

相変わらずか、と彼は苦笑して。
私を解放してくれた。

「ま、俺もそんなみやのっちに惚れたんだしな」
「ありがとう。」
「おう。でも、卒業しても何かあったら相談しろよ?」
「うん、ありがとう」

そんなに甘えきれないよ、と思うけど
そっと胸に残して。

「あー帰りたくねえ」
私は笑うしかなかった。
その気持ち、分かるよ。

私も、野々村と居るとそう思ったし、
今も、松田と居て楽しいから。

だけど、これ以上はーーー

「ま、しゃーねーか。」
彼はうんうんと頷いて。
「じゃ、また明日な」
「うん。帰り気をつけてね」
「それ俺の台詞だから」
あはは、と二人で笑い合い。

彼は振り返ることなく、自分の家へと背中を向けて歩き出した。
私も、それを少し見送って
振り返らずに、歩く。

昨日は必死で自転車に乗って
家まで泣かないようにした

今日は
もう、そんな自分も許そうと思う。
誰かに見られてもいいや

彼の前で泣かなかったことだけ
良しとしよう。



***



翌日
いつもより気合の入った顔で、登校する。
特に何かがあった訳じゃない。

いろいろな思いをひとつずつ、手放して
代わりに自分を磨く術を身につけようと思っただけだ。
今より、もっと素敵な自分になるために。

今日の空は明るい。
風も、春のにおいがする。
少しだけ、心がときめく

そんな拍子に後ろから
「……みーやのっち」

なぜいつも後ろからなんだ、という疑問よりも
先に声の主の無事を確認する。

松田の時と同じように、振り返って頭からつま先まで。

「……お、はよ。何見てんだよ」
「え、昨日喧嘩したんでしょ?怪我なかったかなと思って」
「何それ、心配してくれてんのかー嬉しいねえみやのっち」
「怪我してたら良かったのにって思っただけ」
「何それひでえ」

昨日とは違う会話をして、彼の頬にも同じく赤く痣が残っている事に気づく。
「喧嘩両成敗的な?」
私の視線が頬に行ったのを確認して、彼はいつもの調子でニヤリと笑う
「そうそう、アイツ急に殴ってきやがってさ〜ま、俺もカウンターで一発食らわしたけどな!」
ははは、と武勇伝のように話すコイツを見て
相変わらずだなと思ったり

「まあ、二人とも大事にならなくて良かったよ」

聞くところによると、先生にはこっぴどく注意されたようだけど
これまでの二人を良く知る先生だったからこそ、何もおとがめ無しで済んだ。
学年主任がバスケ部顧問だったのが幸いだ。

「そんなヤワなやつじゃねえってよ俺も松田も」
彼の口から松田の名前が出たことに少し安堵した。
「そっかー。それにしても何で喧嘩になったのさ」
「知らねえよ」
そこに関しては話したくないようだ。
これ以上は踏み込めないな、と察して
私はふうん、とその話題を終わらせた。


「それよりさ、みやのっち何めかしこんでんの」
「は?」
「だってなんか今日雰囲気違うだろ」
ーーーこういうところ、野々村だよね。
ふふ、とニヤける私を見て
「なに、もしかして松田と何かあったのオマエ」

なんて事を言ってくるアイツの頭をブン殴りたい。
「アホかっ!!」
「あいた!」
思わず思ったとおりに殴ってしまった。
すいません恋する乙女なはずだったのに。

「怪我人になにすんだよー」
「そんなヤワじゃないんでしょ?」
「クソ……」
頭を自分でさすりながら、恨めしそうにこちらを見る野々村。

うん、楽しい。
前より楽な距離になった気がする。

これ以上が無理なのは分かっているから
もう望まないせいか、気が楽だ。
やっぱり、ちゃんと伝えて良かった。

「おっイイもん見れた〜」
ほら、こうしてるとやっぱりね
後ろから松田がゆっくりと近づいてきて

「俺の代わりに野々村殴ってくれたんだろ〜?さすがみやのっち」
「「違う」」
「なんでそこ二人で声揃えて否定すんのさ……」
面白くなさそうに口を尖らせる松田もいつもと変わらなくて。
私はホッと胸を撫でおろした。

また、三人でこうして
くだらないやり取りを続けられる。
その事が、嬉しかった。

あと数日で、卒業式だ。
毎日を精一杯、楽しみたい。
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