いちばん、すきなひと。
卒業式
暖かい春の香りを、柔らかい風が運ぶ。
ああ、またこの季節がやってきた。
けれどーーー今日でこの道を歩くのも、きっと最後。

未知の世界への期待と夢に満ちていた
この道を歩き始めたのは
ついこの間だったのに。

いつの間にか、いつもの見慣れる道となり。
四季折々の表情を見せる木々はいつも
私を慰め、勇気付けてくれた。

野々村や松田と、馬鹿言ってじゃれあって
田村先輩とも歩いたこの場所
ひとりで歩いた日もあるけれど
いつも、私を見守ってくれた並木道。
思い出深い道。

あの時、絵に書いておいて良かった。
あれは私の一生の宝になると思う。

そんなことを噛み締めながら、学校へと続く道を歩く。
制服もすっかり、馴染んだ。
あんなに背伸びしたくて、新しい自分になりたくて
必死で走っていた頃が懐かしい。

いつも後ろから声をかけてくれていた二人。
今日は
「おっはよー!」
バシッ

目の前の二人の背中をそれぞれ、手のひらで一斉に叩きつける。
思い切り。

「てっ……!!!おま、何朝から力強い挨拶…!」
「相変わらずの手腕ですなーみやのっち」
私から、二人の間に割って入った。

二人とも、背が伸びたよね
男の人、だね。
二人を見ていると
私も男だったら良かったのに、なんて思ったこともあるけど
今は、女で良かったと思う。

「今日でいよいよ最後だねー」
「おう」
「そだな」

三人で並んで、歩きながら空を仰ぐ。
新しい門出を祝ってくれるように
桜の葉がさわさわと揺れていた。

いつまでもこうやって
三人で笑いあえたらどんなに良いだろうか
私はもう来ることのないこの時間を
しっかり胸に焼き付けた。

今日で、卒業するんだ。


***


卒業式。
答辞はやっぱり、野々村で。
ああ、3年前もこうして彼を眺めたなあ
なんて懐かしい気持ちになった。

ドキドキした瞬間をひとつずつ、忘れずにいたいと
大事にしてきた恋心が
今はすっかり『思い出』に変わっているのが不思議でしょうがない。

人って、ちゃんと成長するんだね。


式が終わり、教室でそれぞれの時間を過ごす。
ひたすら友達と写真を撮りあって。
「最後はみんなで撮ろうよー!」
誰かの提案で、全員で撮ることになった。

委員長が器用な手つきでスマホを教卓に設置する。
「よし、タイマーいくぞ」
気づけば、隣に松田がいた。
「3、2、1…」
カシャシャシャシャシャ…

「ちょ、連写じゃん」
皆一斉に笑う。
「あれー?いつの間に」
委員長は首をかしげて撮り終えた写真を確認する。

「でもさ、ほら。いいの取れたし」
皆でワイワイと画面を覗き込む。
連写と気づいた時の皆の笑顔がとても良い感じで
最高の一枚だと思った。
うちのクラスらしいや。

「後で送ってねー」
口々に皆でそう言って、散り散りになる。
なんとなく、やることは終えたけど
なんだか名残惜しくてつい、ダラダラしてしまう。

ユキと別れを惜しんでいると
廊下からいつものように彼が来る。

ほんと、いつも通りだね
でも、今日はーーー
「今日はノートもワークも何も渡すもん無いよ」

「馬鹿、そんなんじゃねーし。松田ーみやのっちー帰るぞー」
「おー」
松田が荷物をまとめてこちらを振り向く
「ほら、早くしろって」
「あ、うん」

何なに、一体どういうこと?なんてニヤニヤするユキたちに
また連絡するよ、と挨拶をして
三人で学校を出た。

面白い。
今までこんなことした事なかったのに。
でも、なんとなく自然だ。

いつもの並木道を歩きながら野々村はご機嫌に話しかける。
「俺の答辞、最高だったろ?」
「ええとっても胸アツでございました」
「また棒読みかよ……」
私の返事に唸る野々村と、私の反対側から
「ま、合格だな」
と偉そうに評価する松田。

「お前には言われたかねーな」
「お褒めいただきありがとう」
噛み合わない会話に笑いつつ、他愛ない話をする。

あっという間にいつもの場所までたどり着き
私は彼らと別方向の道へ歩む。

「じゃあね。楽しかった!ありがとう」
「おー、がんばれよ」
「お互い胸張っていこうぜ」

三人でハイタッチ。
最初で最後、だね

優しい風が私たちを包んだ。
素敵な思い出を、ありがとう。
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