《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
「何だアーサ怒ってんのか?」

「怒ってない! 勝手に始めるからな」

 そう言ってラインアーサは一人で走り込みを始めた。

「待てよ、俺もやるって」

 王宮の中庭とはいえその広大な敷地を二人は駆けた。ジュリアンは敢えてラインアーサの少し後ろに位置を起き背中を眺めながら走った。


 ぶれのない姿勢。その後ろ姿にジュリアンは目を細めた。

 ラインアーサは体幹が良い。その素直な性格の為か、教えた事や技はすぐ様物にした。このままだとあっという間に剣を極め自分など即座に追い抜かれてしまうだろう。いや、もう既に抜かされているのかもしれない。
 加えて決定的なのは体力だ。ジュリアンよりも線の細いラインアーサだが、見た目以上に体力がありこちらも気を抜くと根負けしそうになる程だ。しかし、ラインアーサは肝心の所で踏み込まない癖がある。それ故、一本勝負では結果的にジュリアンに軍配が上がるのだ。

 ジュリアンは小さく息を吐き、気合いをいれ直した。

「よしっ…絶対に負けないからな!」

「!? 何だよ急に」

「いや、こっちの問題!」

「…? ジュリは十分強いよ。俺、一度も勝てた事無いもん」

「おう! 当たり前だ、俺は絶対勝つ!! お前より強くなくちゃ意味ないからな!」

 そう言って一気にラインアーサを追い抜く。

 主よりも強くなくては意味が無いのだ。誰よりも強くなって主のラインアーサはもちろん家族、延いてはこの国を守っていきたいのだから。

「凄いなジュリは。俺も頑張るよ」

「もちろんだぜ! よーし、そろそろ走り込み終了。今日はどうする?」

「……ん、やっぱり剣の基本的なとこかな。俺どうしても苦手で…」

「そっか。じゃあ素振りだな! 俺も基礎は復習になるし一緒にやる。で、素振り五百本の後に一本勝負! 今日こそ俺から一本取ってみろよ!!」

「…っう。が、頑張るよ…」

 そうして二人は時間の許す限り稽古を重ねた。こうした日々を何日も過ごしては鍛錬し、互いに切磋琢磨する。

 それがこれからも続くものだとずっと信じて疑わなかったが、最近別の事を視野に入れるようになった。

「……アーサ、あのさ…」

「ん?」

 一通りの鍛錬をこなし休憩中、この想念を打ち明けようとラインアーサに声をかける。
 大きな青い瞳があどけなくこちらに向き、目が合うと途端に微笑むものだから言い出しにくくなってしまった。
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