《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
「またずっとここに居たのか? 身体が冷えてる、風呂はいってこいよ」

 ラインアーサはジュリアンに言われたままに茫然と立ち上がると無表情で自室の浴室へと入っていった。

 ジュリアンはラインアーサが湯を浴びている間に寝支度を整え、風呂から出た後も甲斐甲斐しく身の回りの世話などをした。
 その日の他愛ない話を聞かせてラインアーサが眠りにつくまで見守る。
 これを毎日毎日、もう何日も繰り返した。

 しかし、この日は中々浴室から出てこないラインアーサが心配になり、ジュリアンは浴室の扉を叩いた。
 やはり中からの返事はない。

「……おいアーサ!? 開けるからな? ……っ!!?」

 浴室へと足を踏み入れると立ち込める湯気の中、ラインアーサは床に蹲っていた。

「なっ! どうした、アーサ!!」

「……ジュリ、ごめん。本当にごめん……俺、どうしたらいいのか、分からなくて……父様も、ジュリもみんな頑張ってるのに。俺も頑張らないといけないのに……頭では分かってるのに、気持ちがめちゃくちゃで、、苦しい…!」

 そう言って蹲るラインアーサは本当に苦しそうで見ていられなかった。

「アーサ……大丈夫だ。ゆっくり息を吐いて、大丈夫だから」

「……ごめん」

 謝り続けるラインアーサに何度も大丈夫だと言い聞かせ、いつも通り身の回りの世話を済ませると直ぐに床へと促した。

「今日はもう寝ろ。明日もゆっくりして大丈夫だ。アーサは何も心配しなくていい」

「……駄目だろ、そんなの。俺はこの国の王子なんだから父様みたいに民やみんなを守らないと…」

「そんな事ない。今無理をしたらアーサが先に駄目になる。だったら俺はお前を守る! お前が嫌だって言ってもやめないからな!!」

「……ん。なんだか少し安心した」

「何がだ?」

「だってジュリ。訓練所に行ったっきり一度も手紙くれないから俺、少し寂しかったんだ。それにお祖母様もノルテに移ってしまったし……」

 ラインアーサは寂しげな表情で両の耳に下がる茜色の耳飾りに触れた。

「その耳飾り……」

「ノルテに移るって決まった日、お祖母様が俺に…」

「似合うじゃん」

「そうかな」

 微かに微笑んだラインアーサだが、やはり以前のような天真爛漫さはなく逆に痛々しかった。

「あの、手紙ありがとな……。ごめん、返事中々出せなくてさ。書いたやつあるんだけど今更いらないかなって思ってさ…」
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