そのアトリエは溺愛の檻
「ね、せっかくだし悪い男に捕まってみる?」

そう言って彼は私の手を取って、目を見つめる。

お酒のせいじゃなく、クラクラしてその目に吸い込まれてしまいそうだった。
手を握り返したらどうなるか、簡単に想像はついた。


正直気持ちが揺らいだ。素直になって、手を握り返したかった。
だけどこのままアトリエに行ったら賢木くんの言葉のようにサクッと食べられてしまうのだろう。前と同じく酔っている状態で。

それはあまりにも軽率すぎて嫌だった。自分を嫌いにはなりたくない。そんな思いが最後に自分を押しとどめた。


「いえ、あの、今日は遠慮させていただきます。明日の撮影に備えて、身体を休めます」

「ずるいな。撮影のためって言われたらこれ以上誘えないよ。残念だけど」

「また明日伺いますね。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


言葉ほど表情は残念そうではない。それを残念に思う自分が虚しかった。
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