黙ってギュッと抱きしめて
 家にようやく着いて玄関に座り込むと途端に力が抜けてしまった。

「んなとこで休むな。」
「立つけどちょっと待って。マジでHPがあと3くらいしかない。」
「はいはい。じゃあちょっと待って。」

 遥は一度リビングに行き、途中で買い足した食材を置いてまた玄関に戻ってきた。

「へっ!?」
「掴まれ。」
「ひゃあ!む、むむ、無理!何してんのよ!」
「なにってだっこ。」
「ば、バカじゃないの!」
「何で。だって立てないんだろ。運びようがねーんだけど。つーか騒がないで。無駄な体力使うな。黙ってしがみついてろ。落としたりなんかしない。」

 落とされるから無理なんじゃない。どこを見ていいのかもわからないし、体重も気になるし、どこを掴めばいいのかもわからないから無理なのだ。

「口パクパクしてっけど、何?」
「…な…んでもないし。」
「大人しくて結構。」

 そのまますとんとベッドの上に下ろされる。

「はい、コート脱いで。汗かいてねーならそのままでいいから横になる。」
「…何から何まで、ありがとう。」
「ゼリーなら食えるんだろ?とりあえずゼリー食って薬を飲んで寝る。」
「…いやあの、もう自分でできるから帰ってだいじょ…。」
「どの口が自分でできるとか言ってんだよ。玄関からここまでサクサク歩いてこれねーのに?いいから黙ってゼリーを食え。そして薬を飲め。わかった?」
「…わ、わかりました。」

 遥は普段から怒ったり怒鳴ったりはほとんどしないが、譲らないものは譲らない。そういう性格だ。遥の言っていることが圧倒的に正論に思えて、翼はただ従った。
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