黙ってギュッと抱きしめて
 そんなに恋愛経験が多い方ではない。だがしかし、いつも別れを切り出されるのは翼の方だった。好きの気持ちがすれ違っていくのを薄々感じていた。自分の中での好きの気持ちを薄れさせていくことが、得意になった気がする。得意にならないと、本当はやっていけないから。
 今回のは、別れを切り出される2ヶ月くらい前からわかっていた。ああ、きっと、これは別れることになると。その別れに向けて少しずつ少しずつ、気持ちを押さえていった。殺していった。誰にも見られないところでたくさん泣いて、腫れた目を作らないように努力して。それでも報われない。

(…甘えても、いいのかな。)

 より力を込めて頭を遥の胸に押し付けると、遥はゆっくりと背中に手を回してくれた。とんとんとあやすように背中に触れる手に、はっきりと優しさを感じる。

「…甘えてばっかりだね。私。」
「作戦だから、これ。」
「え?」

 翼は顔を上げた。

「歴代の元カレたちには甘えられない翼を、唯一甘えさせることができる存在になっておくっていう、結構長丁場だった作戦。」
「…ふふ、何それ。それじゃあ遥、ずっと私のことが好きだったみたいじゃん。」
「そうだけど。」
「ふぇ!?」

 予想外の角度から刺さる、肯定文。

「外堀埋めてみたってだけの話。それで翼は落ちてきてくれたんだから、万々歳だけど。」
「…策士め。」
「色々我慢したり、待ったりしたから…意地悪したくなったんだって。言わせたくなったわけ。2文字、な。」

 その2文字なら、もうわかる。たくさん振り回して、たくさん待たせたお詫びに言ってあげるのも悪くないかもしれない。

「…遥。」
「何ですか?」
「…すき。」
「…ようやく聞けたか。長かった。」

 深いため息とともに、強くギュッと抱きしめられる。思えば、ハグの提案をしてきた段階で、ここで攻めると決めていたのかもしれない。そんなことを考えながらも、今はただ、この無条件で与えられるハグに盛大に甘えておくことにする。
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