黙ってギュッと抱きしめて
抱きしめ返すなら
* * *


 幼馴染という関係が、恋人という関係に変化してから3ヶ月があっという間に経った。今日は翼が遥の家に泊まりに来ている。

(…う、だ、だめだ。変に意識しちゃ。)

 わかっている。恋人なのだから、泊まる。別に何の不思議もない。抱きしめる、キスをする、そしてその先も。とても自然で、当たり前のことだ。こんな風に構えるようなことでもない。

(…嫌、というわけではないん、だけど…な。)

 おそらく、とにかく恥ずかしいのだろう。長い時間を一緒に過ごしてきた。それこそ、男女としてではなく、いて当たり前の存在として。それが今更男女として隣にいようとするこの距離に、翼は慣れることができないでいる。

(…むしろ、気持ちを確認する前の方が…いちゃいちゃしてた、かも?)

 いちゃいちゃという言葉が適切かはわからないが、今の方が翼が構えてしまう関係で距離があるかもしれない。

「翼ー風呂沸いたー。」
「あ、ありがとう!」
「バスタオル出しといた。」
「…至れり尽くせり…。」
「疲れを癒してきなはれ。」
「ありがたき幸せ。」

 こんな冗談みたいな会話はさらりとできるけれど、内心心臓はバクバクだ。ただお風呂を借りるだけで、そもそもこんなに意識しているのは翼だけかもしれない。それはそれでとても恥ずかしい。

(…遥の本心が読めない。いや、読めた例などないんだけど。)

 きっと遥は、自分のことを色々とお見通しなのだと思うと悔しい気持ちもあるが、そればかりは仕方がない。
 翼はお湯をざばっと頭から被り、邪念を外に追いやることにした。

(余計なことは考えない!いい大人なんだから!)
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