黙ってギュッと抱きしめて
「え、なに?」
「…別に、なんでもない。」
「ふーん。」

 少しだけぎゅっと強く抱きしめられる。恋人でもないのに、きっとこんなことをしてくれる男は遥以外にいないだろう。

(…いい匂いだなぁ、ほんと。)

「…こうやってぎゅってするだけでストレスが減るなんてさ、いいよね、ずるいよね。」
「ずるいって何が?」
「恋人がいるってだけでなんかもう勝ち組みたいな感じなのに、その上ストレスも軽減してくれるなんていいことばっかりでずるいなぁって。」
「なるほど。…その発想はなかったな。面白いこと言うな、お前。まぁこのシチュエーションで言うことではないけど。」
「確かに。」

 遥の腕が緩み、翼はそっと離れた。

「…ワガママきいてくれてありがと。」
「翼のワガママきくの、慣れっこだし。」
「そこはどういたしましてだけでいいのに!」
「はいはい、どういたしまして。」
「一言多い!」

 一言多いけれど、でも必ず翼の欲しい言葉をくれる。恩着せがましくなく、当たり前みたいに話を聞いてくれる。とても大切な、友と呼ぶには少し足りないヤツ。それが遥という人間だ。

「少しはストレス減った?」
「減った気がする。」
「気がするだけかよ。…ったく。」
「ストレスの値なんて測れないもん!測定不能!」
「はいはい。」

 遥相手に、少しだけ。…言いたくないけれど少しだけ心拍数を上げてしまったのは絶対に知られてはならない秘密だ。
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