黙ってギュッと抱きしめて
どうせ可愛くないもん
* * *

 3月の中旬。年度末が近付くこの時期はどんな会社だって忙しい。残業と休日出勤に明け暮れる毎日を過ごしたツケが今更ながらに回ってきた。

「もしもし、翼?ドタキャンって何事?」
「う…ごめ…ゲホッ…。」
「なに、風邪?」

 行けると思っていた。今日は遥とラーメンを食べに行く約束をしていた。元々は彼氏と行こうと思っていたラーメン屋だったが、あえなく別れてしまったために行けないでいたところを遥を捕まえて行くことにしていた。(遥はラーメンが好きなので付き合ってと訊いたら即答だった)
 だがしかし、行く当日の朝になって翼の体調は急変した。

「…ごめん。ドタキャンしちゃって。昨日の夜までは行けるって思ってた。仕事も昨日ちゃんと納期守って出したし。でも朝起きたらちょっと立ち上がれなかった。よって行けない。ごめん。」

 寒気が止まらない。これは巷で流行っているインフルエンザというやつじゃないだろうか。そんなことを考えてしまう。インフルエンザなんて予防接種をしなくても毎年なっていなかった。最も最近のインフルエンザはおそらく小学5年生の時のものだと思う。小学5年生の時の記憶なんてあるはずがない。

「家で寝てんの?薬あんの?病院行った?」
「行く暇もなかった。」
「いや、じゃなくて。今日だよ今日。土曜だけど土曜診療してるとこあるだろ。」
「無理。寒くて動けないし、身体痛い。」
「わかった。今から行くから。」
「え?」

 通話が終わったスマートフォンを見つめていると、すぐに画面が黒くなった。

「今から、来る?」

 待ち合わせはいつもの駅だったはずだ。そこから30分程度で着いてしまう。忙しさに負けて、部屋の中は大爆発だ。仕事用の服だけではなく、下着まであちこちに散乱してしまっている。こんなのを遥に見られて軽蔑されたくはない。
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