月が綺麗ですね
弘くんは窓際のブラインドを指で少し下げて、わずかに開いた隙間から外を見ている。隙間から差す夕日は彼の顔をオレンジに染めた。


私も弘くんもソファーには座らなかった。座る必要もなかったし。
借りたものを返しにきた。ただそれだけだから、数分でことは足りているはずだった。


彼は窓辺に立ったまま、私の差し出した袋を受け取る気配がない。



「弘くん?」

「あ、ああ。わざわざありがとう。別に俺自分で洗濯できたんだけど」

「ううん」


私は首を振る。


「最低の礼儀として、これくらいはしないと」


袋の中にはトレーナーと、弘くんの大好物のお煎餅も入っている。昨日、百貨店に買いに行って来たのだった。

違和感を感じる空気の中で、私はもう一度弘くんに袋を差し出そうとした。
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