God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
重森が5組に入ってきた。
〝チクっただけ。俺は卑怯な事は何1つしていない〟
涼しい顔つきで、取り澄ましている。
それに続いてノリが入ってきた。
元々、ノリのクラスだから、戻って来たというべき。
いつものように俺には一瞥もくれず、前から2番目窓際の席に着いた。
相変わらず、俺は許されていない。あれから、やっぱり1度も言葉を交わしていないのだ。俺が部活に殆ど出ていないから、という事もあるけど。
目が合った。
ノリは、こっちと目線を繋いだまま、そこでマスクを取り出して、付けた。
もう表情が分からない。それがまるでバリアのようで、こう言う場合、歩み寄る事にも二の足を踏んでしまう。
そこに、右川がチャイムぎりぎりで入って来た。また今日も黒いマフラーを付けて。
「らす。らす。らす」
マフラーで籠った声でそこら辺の仲間に挨拶すると、1番前、ノリの前の席に座った。
ノリはマスクを顎に外して、
「あ、右川さん。課題の答え合わせ。よろしくね」
右川は笑顔で振り返ると、ノリと仲良く課題を見せ合って……これも、いつもの光景だった。
そう言えば、右川と知りあって以降、ノリは1度も俺に答え合わせしようと迫った事がない。
こう言う時、思うのだ。
ノリにとって俺は、居ても居なくてもいい存在なのか。くそチビ以下なのか。
その背中を、まるで届かない月のように眺める。
「ノリくん、去年どんなの貰った?」と、右川の弾んだ声が漏れ聞こえた。
何の話かと耳を澄ますと、ガナッシュとか、チョコ・チップとか、アーモンドとか。
〝バレンタイン〟
確かノリは、手作りのトリュフ・チョコだった。
洋士も1つ食べなよ、と、1粒もらった記憶がある。
「美味しかったぁ?」と、右川に訊かれて、ウンと、恥ずかしそうに答えているんだろう。すぐさま、「ひゃひゃひゃ♪」と、右川に冷やかされた。
うん。上手に作ってあったと思う。
そう言えば、俺は元カノとは、クリスマスもバレンタインも一緒に過ごす事が無かったな。
「ノリくん、甘いの苦手なの?へーそうなんだ」
そうか?あのチョコ、ノリも美味そうに食ってたと、俺には見えたけど。
「そんならさ、今年もビターで同じヤツ作ってもらえばいいじゃーん♪」
そこで、右川がパンフレットのような冊子を広げて見せた。
推測するに、チョコレートの色々だろう。
1つを指さして、
「こういうの作るの難しいんだよね~。テンパるし♪」
右川がテンパる?チョコごときで?
目的の為なら、敵に抱き付く事も厭わない、おまえが?
「〝テンパリング〟」
隣の黒川が、突然、ぷつんと呟いた。
「分かってねーだろ。せとかい」と、突かれて、分からないと正直に答える。
「テンパリングとは、チョコレートのツヤ出しの事」
「へぇー。よく知ってるな。ブラザーK」
黒川はフンと鼻を鳴らして、
「超難しいって。失敗すると、古いチョコ使ってるみたいに見えちゃうんだってサ」
へぇ~。
「だーかーらー、バレンタインまで毎日練習するってサ」
「誰の事かな。ブラザーK」
突っ込んで欲しくてしようがないと見て聞いてやった。
待ってましたとばかりに黒川は声色を変えて、
「上手に出来るまで待っててね❤ 陽成学園1年2組 秋山アヤカちゃん」
やたら嬉しそうだ。
「まさか彼女?とうとう出来た?」 合コン三昧の甲斐あって。
そこで急に、黒川の声のトーンが落ちた。
「チョコ食うだけ。名前に騙されんなよ。そいつはアヤカという名の、死にかけゾンビだ」
あ、そ。
実際、どうだか。いつもの事だが、これを言葉通りに受け取る必要は無い。
「バレンタインか」
改めて周りを見渡せば、女子の開く雑誌は〝バレンタイン特集〟。
そして早くも試食に余念がない。
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