君の思いに届くまで
琉は、私に紅茶のおかわりを頼んだ。

湯沸かし器を再沸騰させ、熱々のお湯をティカップに注いだ。

「ありがとう」

琉の微笑みがなんだか痛々しく感じられた。

「下で君の手を握った時初めて握ったような気がしなかった。君は最初から気付いてた?俺のこと」

私は黙ったまま頷く。

「そうか。それは申し訳ないことをした。俺が君のことを忘れていることでひどく傷付けたかもしれないね」

琉は前髪を掻き上げながら、窓から見える空に目をやった。

そんな横顔を見ながら、琉が私のこと思い出してくれれば傷なんかつかないって思っていた。

だけど、さっき言ってたようにきっと琉が断片的な記憶しかないのは明らかだ。

「お願いがあるんだけど、君が知ってる俺の記憶を教えてはくれないだろうか?」

私の琉の記憶。

あんなに愛しい琉との2人の時間を、記憶のない琉に話す?

とても大切で美しくて思い出すだけで涙が溢れるような記憶を。

「嫌です」

私は正面を向いたまま言い放っていた。

「嫌?」

窓から私に視線を戻した琉は不思議そうな顔で私を見た。

そりゃそうだよね。

まさか、そんな大切な記憶が私の中にあるなんて思ってもいない。

2人が一瞬でもすごく愛し合ってたなんてきっと今の琉は想像もしないだろう。

例えその事実を琉に話したとしても、琉が思い出さなければ私の知ってる琉がかわいそうだ。

そんなことを考えていたら、何がなんだかわからなくなってくる。

琉がまるで2人存在しているみたいだった。

頭が混乱していた。
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