君の思いに届くまで
正木さんが扉から出て行ったのを確認すると、また琉は椅子にゆっくりと腰掛けた。

「さっきの方も秘書なんだね。正木さんは君の先輩かい?」

「ええ。とても楽しくて優しい方です。研究室は違いますが英文科所属なので私が不在の時は頼りにして下さい」

私は言った。

この英文科に来てから、正木さんには本当にお世話になっている。

正木さんがいてくれるから、私もどうにかこの仕事を続けられているのかもしれない。

琉は正木さんから手渡された手紙を一通一通確認していく。

そして、ある手紙で手を止めた。

残りの手紙を自分のデスクの上に置き、その一通だけ封を開けて中身を取り出した。

その手紙はとても大切な人から届いたものなんだろうか。

とても真剣に、時折頷きながら読んでいる。

読み終わると、便せんを封筒にしまい私に顔を向け「待たせてごめん」と言った。

「いえ。全然大丈夫です」

「この手紙は、俺のフィアンセ、いやフィアンセだった人からの手紙なんだ」

ドクン。

琉のフィアンセだった人。

その言葉を琉の口から聞いたのも随分久しぶりだ。

あのロンドンの日々が走馬燈のように頭の中を駆け巡った。

意識が遠のきそうになるのを必死に堪え、ぎゅっと両手を握り締めた。

決して忘れられない、忘れてはいけない人。

琉の元フィアンセから手紙が届くってことは、今もまだ元気にされてるんだろうか。

でも、今の私にはそれを聞くことすら憚られた。



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