君の思いに届くまで
その少女は全身びしょ濡れなのにもっていたタオルで顔を押さえているだけ。

体が冷え切っているのか小刻みに震えながらベンチの横にうずくまっていた。

俺は、見て見ぬ振りをした方がいいのかかなり悩んだよ。

だって、その少女が来ている制服は俺が英会話を教えに行っていた高校の制服だったからね。

その子が俺のサークルに参加している子ではなかったから、放っておいてもよかったんだけど。

顔を押さえていたタオルからちらっと見えたその子の目は泣きはらした真っ赤な目。

まだその目は潤んでいて、涙が次から次へと溢れているようだった。

日本で育ってたらそんな少女見ても声かけなかったんだろうけど、イギリスで育った俺はやっぱり放っておけなかった。

その子に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。聞こえなくてもそれはそれでいっかって思ってね。

「I always like walking in the rain,so no one can see.」

その子はハッとした目で俺の方を見た。

見た目が日本人の俺がいきなり流暢な英語で呟いたんだもんね。びっくりしたんだろう。

目だけしか見えてないその子が雨音にかき消されそうな程小さな声で言った。

「何て言ったの?」って。

俺はできるだけその子の気持ちに寄り添いたくて、少し微笑みながらゆっくりと答えた。

「チャップリンが言ってた言葉でね。日本語に訳すと『いつも雨の中を歩くのが好きです。雨の中なら誰も私の涙は見えません』っていうんだ」

俺なりに彼女が泣いてるところは見てないよ、気にするなって言いたかったんだけどね。

それが伝わったかどうかは未だにわからない。

するとその子は少しだけ笑って言った。

「その言葉、英語で言った方がきれい。歌みたいだわ」

静かな雨音は僕らの頭の上に心地いいリズムを響かせていた。

「そうかもしれないね。僕も英語は言語というより歌だと思ってる」

「おかしなこと言うのね。他にきれいな英語の歌はないの?」

タオルでふさがれた顔からは目しか見えない。少しずつ涙が消えて行くのがわかった。

「じゃあ、こんなのはどうかな。コロンビアのシンガーソングライター、ヴィヴィアン・グリーンの名言なんだけど。『Life isn't about waiting for the storm to pass.It's about learning to DANCE in the rain.』」

俺は敢えて、メロディに乗せるようにそのフレーズを言った。





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