君の思いに届くまで
「素敵な響きだわ。今の歌はなんて?」

タオルから彼女の少し赤くなった鼻が見えた。

少しずつその子の顔が見えてくる。

随分年下のはずなのに、なんだかその子のそんな姿に胸がきゅーっと苦しくなっていた。

「・・・嵐が過ぎ去るのを待つのが人生ではない。雨の中で踊ることを学ぶのが人生だ」

俺はじっと彼女の目を見つめて言った。

どこにどうその言葉が響いたのかはわからないけど、彼女の目はすっかり乾いていた。

「とてもいい詩だわ・・・」とその子はうつむいたまま呟いてしばらく何かを考えているようだった。

そして、俺の目をしっかりと見上げて「ありがとう」と言うと、タオルを自分の学生鞄に入れて俺にペコリと頭を下げた。

いつの間にか雨は上がっていて、夕日のオレンジ色の光が彼女の頬を照らしていた。

その子の姿はとても美しくて、優しく微笑んだ顔は天使みたいに輝いていた。

俺はその姿に一瞬にして心が奪われて、何も言えないままその子が去って行く後ろ姿を見送るしかなかった。

なんだろう。

こんな気持ちは初めてで。

英語のすばらしさを身にしみて感じたことも、あんな年下の少女に心が奪われてしまうことも。

あの日から俺はいつもその子を面影をどこかで探していたような気がする。

***************************************************************************

琉はグラスに僅かに残ったしずくを飲み干した。

「で、ヨウはどうしてあの日、あんなに泣いてたの?」

私の手は僅かに震えていた。

あの日、あの時、あの場所で。

私が悲しみに暮れて飛び込んだベンチの横に立って英語で私を慰めてくれたのは琉だったの?

優しく見つめる琉の目をじっと見つめ返す。

琉の話を聞きながらドキドキが止まらなかった。

どうして、思い出せなかったんだろう。

あの彼が琉だったってこと。

「・・・あの日、10年間一緒に過ごしていた犬が死んじゃったの。登校前には虫の息で。あの雨が降り出した直前、お母さんから電話があってそのことを告げられて」

言いながら、今でも思い出して泣きそうになる。

「そうだったんだね」

琉は尚も潤んだ瞳で私を見つめていた。

「私、あの日、琉の英語の素敵な詩を聞いて、英語のすばらしさを知って必死に勉強したの。それで英文科に進んだのよ」

いつの間にか琉は私の振るえる手をしっかりとその手に包んでいた。



< 46 / 130 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop