君の思いに届くまで
「俺も詳しくは覚えてない。人づてで聞いたから、その時俺がどういう状態でどういう状況で車に乗っていたかもよくわからない。同乗していたのは俺の両親だった。その時の事故で両親は亡くなったんだ。俺が殺したようなものだよ」

琉は前髪を掻き上げて、視線を下に落とす。

自分の記憶が曖昧なまま悲しみと辛い気持ちだけが残されてる。

それは、一番苦しいことだよね。

今すぐにでもそんな苦しそうな琉の体を抱きしめたくなった。

膝の上の手をぎゅっと握り締める。

「かなりひどい事故でね。トンネルの中でハンドルを切り損ねて壁に激突したみたいなんだ。俺の命が助かったのが不思議なくらい車は大破していたらしいよ。それから俺は病院で一ヶ月眠り続けていた。もう目を覚まさないかもしれないって誰もが思っていたらしい」

「そんなにも長い間?」

「ああ。あのまま俺自身も死んでしまえばよかったのに事故から一ヶ月後目を覚ました。その時、なぜだか生きなくちゃなんないって意思が働いていてね。記憶は消えてしまってるのに、生きる意味というか目的が俺の中にはあった。必死にリハビリをこなして、記憶の断片を探りながら、少しずつ記憶も戻っていった。ただ両親や兄弟、仕事内容は思い出すのに、それ以外の知人の顔や記憶が曖昧なままだった。元フィアンセの顔すら覚えていなかったからね。随分辛い思いをさせたのかもしれない。その事故のせいでフィアンセとの縁談は白紙になった」

フィアンセとは、事故がきっかけで別れたんだ。

5年前、幼かった私は自分のしたことの罪が恐くて、琉とフィアンセのそばから逃げるように去ったのに。

琉は事故で記憶をなくしてしまった。

私との思い出も全て消えてしまった。

でも、それを誰も責められない。だって、琉にとっては不可抗力だったんだもの。

聞きながら悲しくなってくる。

もうどうしようもないんだって。

以前の琉は、消えてしまっていて、私の思い出を知ってる琉はもういない。

私の愛していた琉は死んでしまった。
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