わたしのブーケガルニ
冬至から春分まで

■ 左手薬指に残る指輪の痕

「もう、限界だ……」


私は、左手薬指の指輪をそっと外した。


大きなため息が出る。


過去、何度か危ないことはあった。


子ども達を妊娠している時も、危機的状態に陥ることもあったが、なんとか指輪を外さなくてすんだ。

意味はちょっと違うかもしれないが、産後クライシスも乗り越えた。


なのに今回は。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう……。

耐えられないくらい、悪化させてしまった……。



私は、思い当たることを探し出すために、胸に手をおいて考えてみた。



今年の梅雨あたりから、私は気分が落ち込むことが多かった。

3月くらいはとてもやる気に満ちあふれていた。

やりたい事も沢山でてきて、実際に新しく始めたこともあった。

それが急にしぼんでしまった。

今までにないようなテンションの上がり方だったので、その反動がでたのだろうか。

空気の抜けたボールのように、まったく弾まず。へこんでいた。

それに加え、この夏の暑さだ。

ダブルパンチだ。


気分もへこみ、体調もすぐれず、イライラすることが多くなった。

ストレスだ。


これだ、これがいけなかった。

ストレスをうまく発散できず、やってはいけないことで爆発をさせてしまった。



今さらだが、後悔ばかり浮かんできた。

あの時、あんなことをしなければ、今、こんなに悲しい思いをしなくてすんだのに……。



私にとって指輪は最後の砦だ。

貴金属は全部外さないといけない検査の時ぐらいしか、結婚指輪をはずしたことがない。

それだけ大切な物だ。

長年つけ続け、もう体の一部と言ってもいいくらいだ。



世の中には、早くに結婚指輪を外し、新しい指輪につけかえる人も多いようだが、私は嫌だ。

歳を重ねても今の結婚指輪をつけ続けたい。



あまり貴金属を身につけない私は、指輪を自分で買うということはほとんどなかった。

なので、結婚前に宝石屋で指輪を選ぶのは、とても新鮮だった。

小さいけれど、石もついているし、指輪の裏側に文字も掘ってもらった。

うれしいけれど、少し恥ずかしい気持ちもした。

大事にしようと心の中で誓った。




私は鞄から、もらってきた用紙を広げる。

説明をよく読んで、埋められるところから書き込もうとする。

でも、ペンが進まない。

本当に私にできるのか?

まだ幼い子どももいる。

お金や時間の問題もある。



悶々とした時間が流れて行き、どうにも八方ふさがりの状態になってしまったので、私は腹をくくった。

相談しよう。

子どもの事もあるので、同居している義母に聞いてもらおう。

なによりも、指輪を外した経験者である。



“自分”ではなく、“知り合いの知り合い”という形で、義母に話をしてみた。

「お義母さん、ちょっと話を聞いてください……」




静かに聞いていた義母は言った。

「子どもがまだ小さいんだったら、他にも方法があるんじゃないかしら」

やはり、考えていた通りの答えだ。

娘がもう少し大きければいいのだが、まだ2歳だ。

ママ、ママと甘え盛りだ。



聞きづらかったが、指輪についても聞いてみた。

結婚何年目で外したのか。


「15年目くらいかしらね」


たしか、義母は25歳くらいで結婚したので、40歳くらいで結婚指輪を外したのか。

今の私と同じくらいだ。



40代というのは、変化の年なのだろうか。

若いときとはいろいろと変わってくる。

自分自身もだが、関わってくるものもかわってくる。

身軽に行動をうつしにくくなってくる。



ふむふむと、私がいろいろと考えていたときに

「Y(私の息子)がね」

と義母が思い出したように言った。

「お母さんが4kg太ったって言ってたけど、元が細いからそうは見えないわね」



……あぁ、知っていたのか、お義母さん。

……息子よ。なぜペラペラそういう事を言いふらすんだ。



もう、いいや。全部話そう。その方が楽だ。

人に言った方が、減量もうまくいくかもしれない。



「そうなんです。この夏に太ったんですよ」

と私はせきを切ったように話し出した。



妊娠していたときは10kg近くは太ったのに、指輪をなんとか外さなくてすんだこと。

(たぶん、お腹の方に増加が集中し、指周りはそこまで肉がつかなかったと思われる)



今回は、3、4kgにもかかわらず、太り方が若いときとちがうこと。

むくむ様な太り方で、指輪がきつくなり、指に食い込み赤くなってしまったこと。

このままつけておくと、皮膚科のお世話にならないといけなくなりそうだったので、外したこと。

それでスポーツジムとか、ヨガとか通うか迷っていたこと。

それらを一気に話した。

スッキリした。



「背中に肉が付いたら、落ちにくくなるわよ~」

と、脅された。


「どうしようもなかったら、2時間ぐらいならS(私の娘)を見ててあげるわよ」

と、義母が言ってくれた。

ありがとうございます。





とりあえずは、甘いものと炭水化物を控えることと、一日一万歩歩くことから始めることにした。


薬指の赤いかぶれが治った後、もう一度結婚指輪をはめる時私の体はどうなっているか。

駄目だったら、なし崩しのように体重の増加の危険性がある。

結婚指輪の外れた薬指を見ながら、今日もこつこつ歩いている。
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