バレンタイン・セレナーデ
向かった先は、世界を舞台に活躍する超一流ヴァイオリニスト、漆原建の自宅マンション。

私は、彼が弦や楽譜の購入によく使う楽器店で働いている。

漆原建は、ヴァイオリンは超絶上手いしルックスもいい。ただし、客観的にみて性格は悪い。偉そうだし、人をよくからかって遊ぶし。

それなのに。

「助かった」

玄関先で当然のことのように弦を受け取る仕草にさえキュンとしてしまうんだから、恋とは変になることだと思う。

変になったから、せっかくバレンタインデーに会えるならチョコレートを買っていこうと思いついてしまったのだ。

「ついでにこれ、どうぞ」

私が差し出した小さい茶色の紙袋を見て、彼は面白そうに口角を上げた。

「ついで? 義理チョコならいっぱいもらってるから受け取らないよ」

私は腕をひっこめることもできず、固まる。

「義理なの? 本命なの?」

「……それは……」

彼は私の気持ちに気付いていながらこうやって遊ぶのだ。ほんとに性格悪い。

答えを言い淀む私に、彼は涼しい顔で言った。

「仕方ない。出張料代わりに一曲弾いてやるから、それから答える?」

そして私の肩に手を回し、家の中に引き入れたのだ。

彼の真意を探りつつも、彼の体温と香りをすぐそばに感じて息ができないほどドキドキしている自分が情けない。

「さて何弾こうか?」

「本気ですか⁉︎」

「聴きたくないなら結構。リクエスト受付終了まであと5秒」

「じゃ、昨日のコンサートで弾いてたバーンスタインのセレナーデの冒頭で!」

ヴァイオリンが奏でる、恋人に向けたロマンチックな愛のメロディ。




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