不器用な殉愛

 母がいなくなってから、この庭園の手入れをする人もいなくなってしまった。荒れ果てた庭園をそのままにしておくより、有効活用した方がいい。

 ディアヌも、ハーブ園をもうけてはいたが、城内のここまでは手が回らなかったのだ。

「では、種と苗を手配します。力仕事に、二人回しましょう」

「ありがとう……感謝します」

 そう言うと、驚いたようにノエルは目をしばたたかせた。それから、居心地悪そうに視線をそらす。

「いえ、いいんですよ。しかし——」

 ディアヌの要望を書き留めていた手帖を懐にしまい込み、ノエルは真顔になった。

「なぜ、家族を売ったのですか。自分一人、生き残りを図ろうとしただけではないでしょうに」

「ルディガーの、いえ、陛下の役に立ちたかった。それでは、理由になりませんか」

「役に立つといっても——」

 いぶかし気な顔になった彼に向かい、ディアヌはうっすらとほほ笑んだ。きっと、誰にも——ともに、あの修道院で生活していたジゼルでさえも理解できないだろう。

「彼は、私の命の恩人です。それだけでは理由になりませんか」

 ならない、と言いたそうな彼の様子に、今度は小さく噴き出した。自分自身でも理解できない衝動なのだ。

「私は、私の血を残さないと決めています。昔、ラマティーヌ修道院が襲撃された時、陛下は命がけで私を守ってくださいました。これは、その恩返しとでもいえばいいでしょうか。あの方は、これから光の差す道を歩いて行くことになる。私は、共に歩むことはできないけれど……遠く離れたところからでも、その姿を見ていたいと思ったのです」

 そのために、少しでもできることがあるのなら。そこに力を貸したかった。今後、光の道を歩むことはできないから。かつて命を助けてくれた人に、その道を歩いてほしかった。
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