不埒な先生のいびつな溺愛
伸びた髪の隙間からわずかに顔を見せた先生は、まるで追い詰められた小鹿のような表情をしていた。

私は何も追い詰めたつもりはない。

「お前……気づいてたのか……?」

気づいてた、て、何を?

座り込んだまま、先生は立ってくれない。彼の脚にはまるで力が入っておらず、今の状態ではそもそも立てそうになかった。

意味の分からないことを言いながら、私から後退りしていくだけで、私の差し出した手をとろうともしない。

「気づいてたって、一体何がですか」

「なんで黙ってた?一年もだぞ!? 俺は一年も、お前を“美和子”って呼び続けてたんだぞ!なんで今まで止めねえんだよ!」

先生は何を言っているの?

先生が勝手に私を美和子と呼んでいたのだ。止めるもなにもないし、別に止める理由もない。

「先生あの、先生少し、おかしいですよ。言っている意味がよく分かりません。別に“美和子”でいいですし」

先生は怒っていたはずなのに、今の先生の顔をよく見てみれば、頬から耳まで真っ赤になっていた。

手の甲で口もとをゴシゴシと抑えているが、涙目も隠しきれていない。

こんな先生は、初めて見た。

「帰れっ、もうどっか行けよ美和子っ」

こんな風になっても、先生は私を“美和子”と呼ぶことしかできなかった。

“美和子”という呼び方は癖になっていて、今さら“秋原”に戻すことはできそうにない。

私はそれで良かった。

それなのに、先生は口をついて出た“美和子”という名前に、心底悔しそうに、鋭い目を細めていた。
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