不埒な先生のいびつな溺愛
「いいえ、嬉しいです。てっきりまだ怒ってるのかなと思って、少し落ち込んでいたので……」

沈黙してしまったが、それは心地よかった。沈黙すればするほど、やっと聴こえてくる先生の短い言葉は胸の中にしっぽりと響いてきたのだ。

私も負けじと通話口に唇を近づけて、内緒話をするみたいに彼に話しかけた。

「先生。一緒にパーティー、行きましょうね。ネクタイ締めてあげますから」

『なっ……』

一瞬で電話口から先生の声が遠くなり、彼が電話を耳から離したのだと分かった。

照れているのかな。いや先生に限って、そんな。

『もう切るぞっ』

「え、先生?そんなにすぐ切らなくても……」

『うるさいっ』

ブツッと耳元で音がした。

静かになった携帯電話を胸に抱いた。

結局先生は、私を遠ざけたり、歩み寄ったりで、こっちは全然彼のことが掴めない。

今日は久しぶりに男の人にフラれた最悪な日だったはずなのに、携帯電話から聞こえた先生の声は、そんな私を甘い幻想へと引きずり込んでいくのだった。
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