不埒な先生のいびつな溺愛
なぜ高校時代のことを話題に出さないようにしていたのかと言えば、先生の方は、もうすっかりあの頃のことは忘れてしまっていると思ったからだった。

私ばかりが、あの頃の日々に囚われたままでいることを、先生に見抜かれたくなかった。

だから私も忘れたふりをしていた。

でも今は、ほんのわずかではあるが、その思い出の一部であった『お父さん』が抜け落ちてしまって、私は今の先生を慰めるには、たしかにあの頃、先生のお父さんが私の中にいたということを、伝えようという気になったのだった。

「先生のお父さんを見たとき、あのとき、もっとちゃんと、お父さんとお話すれば良かったです。ご挨拶をして、いつも仲良くさせていただいてます、って。あのときは、隠れて見ていただけでしたよね」

「……ああ」

「お父さんが見えなくなってから、先生の家にこっそり入って。ふたりで勉強しましたね。ほら、たしかその日は図書館が閉館日だったから」

停車中、先生は初めて私の方を向いた。

「……お前が、そんなことまで覚えてるとは思わなかった」

驚い先生の顔は、前からのネオンの光で照らされていた。
私も、彼の顔をしっかりと見ることができずにいたから、先生がこんなに疲れきっている顔をしているとは知らなかった。

その顔にチクリと、胸が痛くなった。

「先生にとっては忘れてしまうようなことでも、私には忘れられないことです。先生が大切にされているお父さんのことを、私ももっとよく知りたかったです。だから、あのとき、きちんとご挨拶がしたかったな、って。……すみません、突然、脈絡のない話で」

「……美和子、俺だって、俺にとって、お前は……いや、俺は、お前以上に……」
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