仮初めマリッジ～イジワル社長が逃してくれません～

「いよいよ、明日は撮影最終日だね。君は最初に比べると本当に……随分、成長したよ。
君の表現力に誰も文句は言えない。もちろん、僕もね」

悪戯っぽく言った彼は、「だから、安心して撮影に臨んで」と背中を押してくれた。

「僕は……世界で一番、君を信頼しているから」

じわじわと、胸に温かいものが広がる。

耳朶に甘く響いた言葉に、また泣いてしまいそうだと思った。
唇を噛み締めて、泣き出しそうな声を我慢して頷く。

喉にせりあがってきた感情をコクリと飲み込むと、「はい、ありがとうございます」なんて聞き分けの良い返事をした。

本当はずっと、慧さんから電話がかかってきた瞬間から――失恋した事実を忘れて、彼への恋心に溺れるこの夢のような時間が覚めないでいてほしいと願っている。


「……あの、一つだけ、お願いがあります」

彼に迷惑はかけられない。
そう思っているのに、これが本当に最後の会話になるだろうと思うと、ぽろりと本音がこぼれた。

「いいよ。なんでも言ってごらん？」

慧さんの優しくて甘やかな声音に、はらはらと静かに涙が零れ始める。